私は世界一可愛い、
そして世界一優しい娘
くーちゃんの父親です。

 私は世界一可愛い、そして世界一優しい娘くーちゃんの父親です。くーちゃんが生まれた日の喜びは言葉では表現しきれず、決して忘れることはないでしょう。妻を母にし、私を父にしてくれたくーちゃんは、5歳のときにインフルエンザ脳症に罹患し、約1ヵ月の闘病の末に脳死とされうる状態になりました。目を背けたくなるような現実を前に、私たちはくーちゃんの臓器を提供するという、人生で最もつらく、大きな決断をしたのです。

 命が助からなかった場合には臓器提供を考えるべきではないか、そう家族に切り出したのは私でした。つまりくーちゃんの救命を最初に諦めたのは父である私だったのです。妻、そして妻と私の母は当初は反対しました。希望を捨てず毎日くーちゃんに声をかけていた家族が、それでも最終的に臓器提供を承諾した理由は、元気な頃のくーちゃんを思い出し、「世界中の人のためになりたい」と語っていたくーちゃんなら、きっと誰かの命を救うことを望んだはずだと信じたからです。もちろん臓器提供の意思は確認していませんでした。ただたくさんのコミュニケーションをとっていたからこそ、そう思えたのです。大切な人とできる限り頻繁に話してください。それは誰もがいつかは直面せざるを得なくなる、大切な人との別れの際のチカラになり得ます。

 私がくーちゃんを世界一可愛いと思えるのと同じように、皆さまにもきっとそれぞれに、
世界一大切だと思える誰かがいることでしょう。写真を眺めるウサギファミリーその大事な人が世界からいなくなってしまうという想像したくもない未来を、それでも本気で考えてみていただきたいのです。臓器提供は、大切な人の命が失われることが避けられなくなった際に初めて生まれる選択肢です。よく命のリレーと表現されますが、私は命そのものがリレーだと考えています。私たち一人ひとりが、両親や祖父母から命のバトンを受け取って生まれてきた存在だからです。誰もが誰かからつながれた命を生きている。だからこそ自分の命を大切にし、他者の命にも思いを寄せていくことが肝要ではないでしょうか。

 大事な人との別れは誰の人生にも起こり得ることで、病だけでなく、悲しい事件や事故が毎日のように起こり、子どもたちを含め、命が理不尽に失われている現実があります。「いってきます」と出かけた家族が無事に戻らないこともあるという事実を、私たちは知っておかねばなりません。臓器提供はいつ誰がどんな形で向き合わざるを得なくなるかわからない話なのです。どれだけ医療や科学が進歩しても、大切な人との別れをゼロにすることはできません。ただ、移植医療は助からなかった誰かの命をつなげていくことが可能な選択肢なのです。

シャボン玉で遊ぶウサギ姉弟

 運転免許証やマイナンバーカードの裏面に臓器提供の意思表示欄がある理由は、誰もが当事者になり得るからこそです。記入することは重い決断に思えるかもしれませんが、もちろん記入しない自由もありますし、意思は何度でも変更できます。大切なのは、意思表示の内容について家族と話し合っておくことだと思っています。いざというとき、冷静に考える時間や余裕はないからです。元気だった頃にくーちゃんはよく「パパ、人それぞれだから」と言っていました。あなた自身とご家族にとって、もしもの際の最善の選択肢は何であるのか、そんな話し合いができること自体、実はとても幸せなことかもしれません。

 くーちゃんが私に向かって発した最後の言葉は「マスク」でした。
自分が非常に苦しかったに違いない状況の中でも、「パパにうつさないように」と自身よりも私を気づかってくれたのです。そんな優しさの塊のようなくーちゃんなら、命のリレーを応援してくれていると信じています。そして、リレーの途中で妻や私がいなくなったとしても、くーちゃんのことを覚えていてくれる人がいるという確信が、私たち家族に前を向いて生きていくチカラを与えてくれます。臓器提供は助からなかった誰かの尊い命を、命の危機にある別の誰かへつなぐ選択肢であると同時に、深い悲しみの中にいる家族の心を助ける手段にもなり得るのです。理不尽な「そのとき」を迎える前に、話し合い、考えておくことがとても重要だと、つらい経験をした者の一人として証言させていただきました。

 個人的な悲しい出来事を伝えるためではなく、大切な人との別れや命、そして臓器提供について、
大切な方と話し合うためのきっかけになればと願って、綴らせていただきました。くーちゃん耐えがたい別れに直面した際に、臓器提供という選択が一つの光になり得た家族が確かにいることを、知っておいていただければ幸いです。今、私たちはくーちゃんの臓器を提供したことを誇りに思っているのです。
これを読んでくださったあなたと大切な誰かが、命について話す時間を持ってくださったら、臓器提供について話し合ってくださったら、少しだけ報われます。今でも我が家の太陽であり続けてくれている私の世界一可愛い娘くーちゃんも、きっとそれを喜んでくれると、そう確信しているのです。

知ってみよう!臓器移植にまつわるお仕事

救急医

お話を伺った方 岡山大学病院 小児救急科 診療科長 塚原紘平先生

命と向き合う最前線

私は岡山大学病院高度救命救急センターで、小児救急科の診療科長を務めています。高度救命救急センターは、一般の救急では対応が難しい重篤な患者さんを受け入れる、全国でも限られた拠点です。

日々向き合うのは、命の瀬戸際にいる子どもたちです。呼吸や循環が極めて不安定な状態で搬送される子も少なくありません。他院から「助けられるか分からない」という連絡を受け、「迎えに行きます」と即答することもあります。到着したときには、すでに心臓が止まっていた場面も経験してきました。

救急の現場では、判断を先延ばしにすることはできません。状態は刻々と変化し、治療の決断と実行を同時に進めます。人工呼吸管理、循環補助、薬剤投与、検査、スタッフ配置、家族への説明――すべてが並行して進みます。重症であればあるほど、患者さん本人は言葉を発することができません。その分、医療者が状況を的確に読み取り、迅速に動かなければなりません。緊張の絶えない毎日ですが、目の前の小さな命を守るために、常に「今、何ができるか」を自問しながら治療にあたっています。

医師を志した原点

私が医師を目指したのは、小学2年生のときに約1年間入院した経験がきっかけです。その一年のほとんどを病院で過ごしました。当時は院内学級がなく、小児科の先生が病室まで来て勉強を教えてくださいました。子どもながらに、医師や看護師がそばにいてくれる安心感を強く覚えています。治療の内容を十分に理解していたわけではありませんが、「支えられている」という感覚は今もはっきりと残っています。その経験が、医師という職業を強く意識する原点になりました。

医師となり、小児科医として経験を積む中で、重症の子どもたちと向き合う機会が増えていきました。目の前で救えなかった命に直面したとき、「自分にもっと力があれば何かできたのではないか」という思いが強く残るようになりました。その思いが、より重症の子どもを診る現場へと私を導きました。

2009年からは重症小児医療を体系的に学ぶため、東京の国立成育医療研究センターで研修を重ねました。そこで学んだのは、救命技術だけではありません。医師、看護師、臨床工学技士、心理職など、多職種が一体となって初めて救える命があるということ。重症小児医療は、チームで支える医療です。その考え方は、今の私の診療の軸になっています。

救えた命、そして向き合う現実

救急医療に携わるようになってから、忘れられない経験があります。重症の呼吸不全でECMO(体外式膜型人工肺)の装着と搬送を依頼された男の子がいました。病院到着時には男の子は心肺停止の状態でした。現地でECMOを装着し、循環と呼吸を支えながら当院に搬送しました。厳しい状況でしたが、命を取り戻し、後遺症もなく回復しました。現在は医学部で学んでいます。

また、重症熱傷で搬送された当時1歳6カ月の子どもが、中学生になって「医師を目指しています」と手紙をくれました。こうした出来事は、命を救うことの意味を改めて教えてくれます。あの瞬間の判断や努力が、確かに未来へとつながっていると実感しています。

しかし、すべての命を救えるわけではありません。あらゆる手を尽くしても、助けられない現実があります。救命センターは命を救う場所であると同時に、救えなかった現実と向き合う場所でもあります。その現実に直面したとき、私たちが果たすべき役割の一つが、臓器提供という選択肢をご家族に伝えることです。

臓器提供という選択

救命の可能性が尽きたとき、臓器提供は特別な行為ではなく、本人の権利として尊重されるべきものです。私はそれを、患者さんの最後の意思を確認する機会だと考えています。

意思表示がある場合、ご家族は迷いながらも「本人の思いを支えよう」と前に進みやすくなります。しかし現実には、事前に意思が示されていないことのほうが多い状況です。その場合、限られた時間の中で、ご家族とともに真剣に話し合います。

その際、私は単に家族の意向を聞くのではなく、その人がどのような人生を歩んできたのかを振り返る時間を大切にしています。「どんな人でしたか」「何を大切にしていましたか」と問いかけながら、「その人ならどう考えるか」と、その人らしさに向き合います。

私の経験の中では、十分に話し合い、悩み抜いた末に臓器提供を選択されたご家族の中で、「後悔している」と語る方には出会っていません。「いまだにあの子がどう言うかは分かりません。でも、あの決断でよかった」とのご家族の言葉は特に心に残っています。

もちろん、臓器提供を選択しないご家族もいます。どの選択であっても、そのときに真剣に考えたうえでの決断であり、そのご家族にとって正しい決断です。

一方で、臓器提供を選択しなかったご家族の中には、「あの判断は正しかったのだろうか」と自問自答し続けている方がいるのも事実です。それは選択そのものの問題というよりも、あまりにも重い決断だったからだと思います。

家族が迷い続けなくてすむように

臓器提供に正解はありません。100人いれば100通りの答えがあります。

私たちは最善を尽くして治療を行い、その内容を丁寧に説明します。できること、できないこと、今の状態。その積み重ねが、ご家族の判断を支える基盤になります。

それでもなお、決断はご家族にとって重いものです。いざというときに家族がひとりで悩み続けなくてすむように。「あの人はこう考えていた」と胸を張って言えるように。元気なときに、ほんの少しでも自分の最期のことを話しておくことには大きな意味があります。それが、残される人にとって確かな支えになります。

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