想いを込めて見送った宝が、同じ空の下で暮らすどなたかの宝に置き換わって続いていく。

私には12歳年の離れた妹がいました。せっかちな私とは正反対で、妹はマイペースでおとなしく、内向的ですが絵を描くのが上手で、心根が優しく友達にも恵まれていました。

そんな妹が倒れたのは本当に突然のことでした。
「家で倒れて運ばれたけどもう危ない。会わせたい人を呼んだ方がいいって言われて」と涙交じりの親からの電話。地元の病院では処置ができず、私が住んでいる市の大学病院に搬送され、そのままあれよあれよという間に緊急手術が始まりました。手術は終わりましたが、その後の医師からの説明は、回復のためにできることはもうないこと、自分で呼吸をしていないこと、目を覚ます可能性はゼロに近いということ、説明を聞いている今もいつ何が起きてもおかしくない状態であるということ。

病院側からは面会時間などは気にせずいつでも会いに来ていいという配慮があり、毎日病院に通いました。妹が好きだったマカロンやクッキー、手術の傷を隠すための可愛いヘアバンド、いい香りのするハンドクリーム。喜んでもらえそうなものをたくさん持っていきました (一回りも年が離れていると、一緒の家で過ごした時間も短く、姉妹という感覚も薄かった私に、最期に姉らしいことをさせてくれる時間を与えてくれたなと今は思います) 。

イラストを見るハーティ

そんな状態が続いて5日くらい経った頃、「臓器提供の意思を示していたものがあったか確認してほしい」と看護師さんから依頼がありました。ちょっと前まで子どもでしたし、何も書いていないだろうと思いながらも保険証を確認したところ、なんと「臓器を提供する」という意思に〇をしてサインをしていたのです。

そこからは本当に瞬く間に時間が過ぎていきました。

移植コーディネーターの説明を聴き、家族間でも誤解がないようにたくさん話し合い、臓器提供することを承諾しました。

すでに緊急手術の傷もありながらたくさんの管に繋がれて、つらい中も頑張っている妹。妹だったら「もうこれ以上痛い思いをしたくないから、臓器を提供する手術はしたくない」というのか、それとも「もうこれ以上管に繋がれたまま苦しい思いをするのが嫌だから臓器提供して早く家に帰りたい」というのか。

この二択がふと私の頭に浮かび、家族に問いかけると、みんな一致で「早く帰りたいって言うね」と。これが承諾の決め手となりました。

2回目の脳死判定が終わって死亡宣告を受け、家族みんなに囲まれながら妹は旅立って行きました。その後、妹は臓器提供のための最後の手術に臨み、無事に心臓・肝臓・腎臓が必要としている4名の方の元へ届けられました。術前には摘出手術を執刀する医師からの手厚い説明があり、臓器が運び出される際にも御礼の言葉をかけていただき、術後は担当してくださった多くの医療従事者の方々に送り出され、妹は私たちの元へ帰ってきました。

この度の経験と決断の中で、臓器提供したいという意思があってもできない場合があること、臓器提供に至るまでにはいくつものハードルを乗り越えなければならないということ、全てのご縁の巡り合わせで初めて実現するものであることを移植コーディネーターから聞き、臓器提供というのは、なんともドラマチックで尊い医療行為なのだと、この身に深く刻まれました。

絵を描くリスの姉妹

私は妹の生まれた日から旅立ちの日までを見てきました。新しい命が誕生することの喜び、成長していく中で感じる無条件の愛おしさ、そして別れの空しさ。人の一生を見つめられるなんてそうそうない経験だと思います。

妹が私たち家族の宝であったことと同様に、妹の臓器を受け取った方は、そのご家族の宝であることでしょう。妹の意思と、私たち家族の想いを込めて見送った宝が、同じ空の下で暮らすどなたかの宝に置き換わって続いていく。

こんなに尊くて優しい気持ちを妹は私の心に残していってくれました。

倒れてから旅立ちまで2週間。信じられないくらい目まぐるしく過ぎ去った、短くて長く、重くて深い、一生忘れない2週間。

妹が身をもって教えてくれた経験や想いを伝えることで、これから同じような選択をしなければならないご家族や、臓器提供に対する世間の認識が、少しでもいい方向に変わっていくような、誰かの何かの些細なきっかけになればと願っています。

妹の臓器を受け取ってくださった患者さんと、わが妹に敬意を込めて。

知ってみよう!臓器移植にまつわるお仕事

臓器移植コーディネーター(ドナーコーディネーター)

皆さんは、「臓器移植コーディネーター」という仕事を知っていますか?

臓器を提供する人(ドナー)と移植を必要としている人(レシピエント)をつなぐ橋渡し役です。臓器移植コーディネーターは、ドナーとそのご家族に関わる「ドナーコーディネーター」と、移植を受ける患者に関わる「レシピエントコーディネーター」がいます。今回は、ドナーとそのご家族に寄り添うドナーコーディネーターを紹介します。

お話を伺った方 公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク S.Uさん

臓器移植コーディネーターになろうと思ったきっかけは何ですか?

もともと看護師として病院に勤務していました。その病院は腎移植を行っていて、手術室看護師として働く中で、生体腎移植や献腎移植※1に携わる機会も多くありました。あるとき、6歳未満の小児から提供された献腎移植に携わった際、届けられたとても小さな腎臓を目にし、ドナーとなったお子さんに思いをはせました。その後の報道でのご家族のコメントから、さまざまな思いを抱えながら臓器提供を決断されたことを知り、ご家族の気持ちを支える臓器移植コーディネーターという仕事に興味を持つようになりました。

その関心を後押ししたのが、身内の親族間での生体腎移植でした。仕事では何度も携わってきましたが、自分事となって改めてその難しさや必要性を痛感して…。看護師になってから10年という節目で今後のことを考えたときに、もっと移植医療に携わりたい、臓器提供をめぐって葛藤するご家族を支えたいという気持ちが強くなり、臓器移植コーディネーターの道を志しました。

臓器移植コーディネーター(ドナーコーディネーター)とは、どのような業務を担っているのでしょうか?

主に、大切な方の死に際し、臓器提供を検討されているご家族のサポート、説明、意思確認などです。病院から臓器提供について話を聴きたいご家族がいると連絡を受けたら、直ちにその病院へ伺います。そして、臓器提供がどのようなものであるかなどを説明させていただきます。ご家族が臓器提供を承諾されたら、提供いただいた臓器が移植を希望する方に適切に渡るよう手続きを行います。この他にも、臓器提供終了後の事務手続きや、臓器提供された方のご家族へ移植後の経過を報告するなど、長期的なフォローアップも行っています。また、病院や関係機関の体制整備も私たちの大切な仕事です。

ドナーのご家族には、どのような話をされるのですか?

まずは、「臓器提供について聞いたことや考えたことがありますか?」ということを伺います。「ない」とおっしゃったら、なぜ臓器移植コーディネーターの話を聴こうと思われたのか、ご本人だったら臓器提供のことをどう考えるかなどと掘り下げていきます。心情を伺い、臓器提供の際に必ず伝えなければならないことをまとめた冊子をもとに、ご家族がお知りになりたいポイントを踏まえ、丁寧に説明をしていきます。例えば、「亡くなる時刻はいつになるのか」「どのタイミングで面会が可能なのか」「いつ退院できるのか」「手術の傷はどうなるのか」など、気になる点や不安に思われている点がなくなるよう事細かにお伝えします。

まずは気持ちを伺うのですね。

前提として、臓器提供のお願いではなく、あくまで臓器提供がどのようなもので、承諾された場合に行われる医療行為について、あるいはどのような最期を迎えるかという事実をありのままにお伝えします。その上でご家族が希望すれば手続きを進めさせていただきます。

面談の際に、心がけていることはありますか?

ご家族の臓器提供の強い意向があっても、臓器提供を行うことを前提で話を進めないことです。私たち臓器移植コーディネーターは中立の立場なので、「絶対に臓器提供を行う」前提での話はしません。もし承諾されたら…というような仮定としてお話するようにしています。例えば、ご本人がお元気だった頃に「何かあったときには臓器提供してほしい」というような話を聞いているご家族もおられます。そのような場合、臓器移植コーディネーターと面談するときにはご家族の臓器提供の気持ちは固いことが多い印象です。そのようなときでも、ご本人とご家族の思いを一度受け取らせていただいた上で臓器提供がどのようなものかをきちんと理解していただけるようにお話します。

臓器移植コーディネーターとして働く中で、忘れられない経験はありますか?

様々な方がいらして、どれも忘れられないですが…。
移植を受けた方の経過を知りたいということで報告をさせていただくときや、手紙(サンクスレター※2)をお預かりしたことを報告するとき、臓器提供されたご本人はどのような方だったかなど、ご家族からお話を伺ったときには、病院での当時のことが思い出されて、グッと込み上げるものがあります。

また、医学的な理由により、承諾後に臓器提供ができなくなってしまったことがありました。そのご家族へ厚生労働大臣感謝状※3をお送りした際、「移植につなげることはできなかったけれど、あなたに担当してもらえてよかった」というお言葉をいただきました。若輩者である私に信頼を寄せて話を聴いてくださったご家族に感謝するとともに、自分自身が積み重ねてきたことが、少しではありますが、ご家族の支えになれたことを実感した経験でした。

人の命に関わる大変な仕事ですが、どのようなことが原動力になっていますか?

臓器提供をされたご家族へは、希望に合わせて移植を受けられた方の経過の報告をしています。その中で、ご家族から「今もあの子は頑張っていると思える。臓器提供という選択をしてよかった」という言葉をいただいたことがありました。そのようなときに、ご家族の気持ちを支えるお手伝いをすることができたと感じ、今後も頑張ろう!と気持ちが奮い立ちます。また、移植を受けられた方の回復を耳にするときも、よかったという気持ちになります。

多忙なお仕事だと思いますが、自分を保つすべを教えてください。

ずっと仕事のことを考えてしまいがちなので、お休みの日は外に出ておいしいものを食べたり、買い物をしたりしてリフレッシュしています。他の臓器移植コーディネーターもそれぞれにオンオフの切り替えを上手にしていると思います。

最後に、ドナーのご家族とのやり取りで大切にしていることは何ですか?

臓器提供を考えるご家族は、ご本人がとても重篤な状態であり、死が避けられない状況です。私たちがお話することは、ご本人が最期の時を迎えることを前提としたものなので、ご家族の心情を踏まえ機械的になってしまわないような言葉の選びなどに、とても気を配っています。

私たちがお話しさせていただくご家族は、ご本人もご家族も背景がそれぞれ異なります。ご本人はどういう人なのか、ご家族はどのような気持ちなのかを常に考えてお話しすることを心がけています。周りの先輩方のように、ご家族にいつでも寄り添える存在でありたいと思います。

※1献腎移植…亡くなられた方から腎臓を提供していただき行われる臓器移植
※2サンクスレター…レシピエントがドナーやドナーご家族に宛てた手紙
※3厚生労働大臣感謝状…臓器提供に対し、厚生労働大臣よりドナーとドナーのご家族に贈られる感謝状

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