最期まで闘い続けた息子を誇りに思っている。
それでも生きていてほしかった。

 息子は先天性心疾患を持って生まれてきました。

 産婦人科を退院するときに心雑音を指摘され専門病院の受診を勧められました。不安を抱きつつ受診したところ、かなり複雑な心奇形であり、現在の医学では根本的に治すことはできないことや、外国であればすぐに移植の対象となることも告げられました。私はドクターの前で泣き崩れるのを必死で我慢し、帰りの車の中で、息子を抱きしめながら泣いたことをよく覚えています。泣き暮らす日々でした。息子はそんな親の心配をよそにすくすく成長しましたが、1歳を過ぎるころからチアノーゼ(*)が目立ち始め、7歳で都内の大学病院で心臓の手術を受けました。術後ICUで面会したときに、青紫色の唇はピンク色に爪は桜貝のようになっているのを見て感動したのを覚えています。

 それまで、ほんの少し走ってもチアノーゼがでて座り込み、ランドセルを背負って通学もできませんでしたが、術後1年でランドセルを背負って登校できるようになりました。生まれて初めて歩いても走っても苦しくない体となったことが、とても不思議で嬉しい様子でした。運動の制限がありましたが、親に内緒で冒険をしたり、体調が悪いときは休んだりしながら、友人にも恵まれ、楽しく過ごしていました。

 大学生となり、自分の体調に合わせて授業を選択し、アルバイトやサークル活動をしたりと充実した生活を送っていましたが、ひどい疲れや夜眠れないなどの状態となり、病院を受診すると緊急入院となりました。検査結果を聞くと、見たこともない程の悪い数値でした。重症心不全の内科治療が開始されましたが、数値は悪くなる一方で、残された治療は心臓移植でした。状態が悪いため命がけの検査をし、余命は2週間から1カ月との宣告を受け、衝撃を受けましたが、本人が心臓移植を目指した補助人工心臓埋め込み手術を選択しました。友人には「明日手術を受けることになったが、たぶん助からない」とメッセージを送っていたことを後に聞き、当時本人がほんのわずかな可能性に賭けていたと知りました。先天性心疾患での補助人工心臓埋め込み手術はその病院でも初めてで、長時間の手術に耐え抜きました。術後は点滴が20種類を超え、透析の機械などいくつもの機械に囲まれ、再開胸になったり、むくんだりしましたが、少しずつ機械や点滴が少なくなっていき、3カ月半でICUを出ることができました。高い技術だけではなく患者家族に寄り添った治療をしてくれた医療スタッフに対する感謝の気持ちは今も持ち続けています。

 自宅と病院の往復や都内での宿泊が続き、宿泊料金の負担の大きさに悩んでいたときに、安価な料金で病気治療中の家族に宿泊場所を提供してくれたNPO法人の存在はとても大きなものでした。

 お寿司が大好きでよく食べに行きましたが、移植したら生ものが禁止になるのでお寿司が食べられなくなる、と言っていました。また補助人工心臓を付けているとシャワーは使えますが、湯船につかることはできないため、同じ移植待機中の友人たちと、移植後は温泉に行きたいね、とよく言っていました。

 最初の入院から3年経つころに重い合併症が起こってしまいました。お腹の中に埋めていた補助人工心臓を外に出す手術と胃の手術をし、亡くなるまでの10カ月間食事をとることはできませんでした。夕方になるとお腹が「グー」と鳴り、その音を聞くと切なくなりました。もっと好きなものをたくさん食べさせてあげればと後悔です。何度も危機的な状況に陥りましたが、そのたびに持ち直したのは、本人の頑張りと医療スタッフの力だと思います。また何度も遠い地元からお見舞いにきてくれた友人たちや先生方との何気ない会話が息子にとって、治療を続けるエネルギーになっていたように思います。

 移植待機中は医療だけではなく、経済的なことや家族のことなどさまざまな問題を抱えることになります。ほとんどの方が補助人工心臓を装着して移植待機となるため、退院後は24時間一緒に過ごす介助者が必要になります。自宅から通院できる人もいますが、生活基盤のない遠方の病院近くでの待機を求められる人が多いです。それらの患者家族の支援も必要です。

 悩みながらも臓器提供を決断されたドナー家族、その思いを受け止めながら臓器提供を受けた友人たちは感謝をしながら日々を生きています。より多くの人が理解し臓器を提供する、しないの意思表示をするためには、教育や啓発活動がいま以上に大切と考えます。また現在の体制にどのような障壁があり、何が必要なのかについてたくさんの方々の知恵と理解と協力が必要です。現在息子の待機時の3倍の方々が心臓移植待機中です。患者家族の思いが叶うことを心から願っています。

 最期まで闘い続けた息子を誇りに思っている。それでも生きていてほしかった。

 息子が逝った夜はきれいな満月が西の空に輝いていました。不思議と満月の夜は息子を身近に感じます。

 「泣いてばかりいないで。頑張れよ!母さん」

 こんな言葉が聞こえてくるようで、前を向かなければと思います。

*チアノーゼ:血液中の酸素が不足し、くちびるや指先が青紫色になる状態

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