Voice Master

浅野 孝己さん 2001年8月インタビュー
臓器移植推進キャンペーンソングをきっかけに、音楽を通していのちの大切さを積極的に伝え続ける浅野孝己さん。臓器移植について、いのちについてのお話をうかがいました。
 臓器移植のことは、正直言ってそれほど身近に感じていたわけではありませんでした。ところが、そんな僕が関心を持つようになったのは、たまたま元ゴダイゴのメンバーのスティーブ・フォックスらと組んでいるユニット「TPO」で、臓器移植の普及・推進のためのキャンペーンソングを手がけてからのことです。もともと音楽を通して何かを伝えることができたら、と思っていたので、もちろん快諾。そして、「for・・・」という曲が生まれました。(曲を聞きたい方はこちら)
 歌詞は、当初はボーカルの方に書いてもらったんですが、たまたま妻のテニス仲間で肝移植を受けられた方がいることを知り、その方にお願いしました。実際に体験された方が書いた詞は、言葉の重みがまったく違うんですね。詞を読んだだけで鳥肌がたちました。感動がありますね。キャンペーンソングを作ることで、臓器移植についてさまざまなことを知り、考えることができたのは幸いだったと思います。(歌詞を見たい方はこちら
 9月に福岡県志免町で「TPO」のライブを行うんですが、そのテーマが「いのちを考える」というもの。一般ライブのほかに中学2年生を招待してのライブも行い、音楽を通していのちの大切さをみんなで考えようと思っています。「いのちを考える」って、ものすごく漠然としているけど、要は自分を大切にしてほしい、ということ。
 なぜ今、いのちを大切にできないかっていうと、一人一人が、それぞれに大切な使命を持って生まれてきていることが実感できないからだと思うんです。たとえば僕で言えば、音楽を通して人にメッセージを伝えていくことが使命だと思ってる。たまたま僕にとってはその手段が音楽だったけれど、ある人にとってはモノを書くことかもしれないし、何かを創ることなのかもしれない。全員に、生きている使命というか、使命という言葉が大げさだったら個性というか、自分だけの独自のものがあるはずなんです。それに気がつけば、自分のいのちも人のいのちも大切だということがわかるはず。ギターにしたって、値段に関係なく、絶対ハートに沁み入る「いい音」っていうのが、それぞれに必ずあるのと同じだと思うんです。そういうことを、音楽を通して伝えていけたらと思いますね。
さっきの個性の話につながるんですが、日本人が個性を感じさせる音楽をなかなか作れないというのは、「この楽器はこう弾くもの」、といった制約が多すぎるからだと思うんです。そうじゃなくて、「もっと自由に作ろうよ」ということを、音楽を目指す人に言い続けていきたい。そして同時に、表現を自在にするための最低限のテクニックはいろんな場所でどんどん教えていくつもりです。これは以前から活動していることで、それは変わらず続けていきたいですね。
もう一つは、自分の音をトータルに表現する意味で、ジャケット・デザインなどを積極的に手がけていきたいと思っています。浅野孝己初のCD「TAGC 1st」では、実際にチャレンジしてみましたが、やってみると面白くて、病みつき、といった感じですね(笑い)。
浅野 孝己(あさの たかみ)
1951年6月1日東京都生まれ。

1961年
16歳でプロ活動開始。

1975年
ゴダイゴを結成し、幾つかのアルバムをリリース。ギター・シンセサイザーの開発にも協力。

1979年
ドラマ西遊記のテーマソング「ガンダーラ」で一躍トップ グループに。 同年にユニセフの国際児童年のテーマソング「ビューティフルネーム」をリリース。

1980年
神戸ポートピア・アイランドのイメージソング「ポートピア」で参加し、同年ネパール・カトマンズにてコンサートを開催。

1982年
ロサンゼルス・ストリートシーンに招かれ メインステージで演奏し、同年神戸市の姉妹都市、中国・天津でも コンサートを開催。

1984年
ゴダイゴ解散。その後、コンピュータ・ミュージックでアレンジを始めゲーム・ミュージックの作曲も手掛ける。

1986年
東京コミュニケーション・ アート専門学校の副校長に就任。

1995年
岡本真夜シングル「TOMORROW」、アルバム「SUN & MOON」 をリリースし、オリジナル・コンフィデンスでシングル1位を記録し、NHK紅白歌合戦にも初出場決定。

1999年
ゴダイゴ再結成。ニューアルバム1枚をリリース、 全国13ヶ所をツアー、NHK紅白歌合戦にも出場。

2000年
福岡RKBテレビ「momo.can-do」のレギュラー出演。また、時代を先取りした インターネットギタースクール「浅野孝己ウェブミュージックアカデミー」 を開講。
 

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