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小冊子 think transplant

いのちの贈り物
~あなたの意思で救える命~
think transplant Vol.29 

天国へ行ったら、一番に娘を褒めてあげたい。

 
私は天国へ行ったら、一番に娘を褒めてあげたいと思います。

 亡くなった娘は、2人姉妹の長女であり、私たち夫婦にとって結婚8年目でようやく授かった子どもでした。未熟児でとても小さかったけれど鳴き声は元気いっぱいで、「どんな娘になってくれるのだろう」と希望と期待で胸がいっぱいでした。
 娘が1歳の時、私はプールへ連れて行きました。「水を怖がるだろう」という予想に反して、娘は潜って目を開けていました。驚いたとともに、その度胸の良さを心の底から喜びました。小さいながらも頑張っている姿が愛おしく、私は休みの度に外へ連れ出しました。
 また、娘はチャレンジ精神が旺盛で海外にも興味があり、旅行は全て自分で手配し、得意の英語で現地の方との会話を楽しんでいました。
 大学卒業後は法律事務所で事務職員として働いていました。法律を学びたいと考えていたようでした。
 思えば、人の役に立つことや周りを楽しませることに生きがいを感じていたのかも知れません。優しくてよく気の利く娘を自慢で頼もしく思いました。
 そんな彼女が、私より早く逝ってしまうなど夢にも思っていませんでした。

 
妻が癌であるという事実

 私は仕事柄単身赴任をすることが多く、留守の間は妻と娘たちが助け合って生活をしていました。そんなある日、私は妻が癌であるという衝撃的な事実を突きつけられました。しかし当時、他県でのプロジェクトを任されており、すぐに自宅へ戻ることができませんでした。大学進学の時期だった娘は志望校を県内だけにして、入学後は大学へ行きながら妻の看病や家事を担ってくれました。
 1年ほど経った頃、仕事もひと段落し、地元近くへの異動が叶いました。それから2年ほど経ったある日、妻は宣告から3年という短い期間で帰らぬ人となってしまいました。あとから考えると、自分のことを犠牲にしてまで看病した娘にとって、母親の死は自分の無力さに直面した出来事であったのだろうと思います。

 
娘の臓器提供

 妻の死から6年が経ち少しずつ悲しみも癒されていたある日、私はまた衝撃的な事実を突きつけられました。病院へ駆け付けた私の目に飛び込んできたのは、血の気がない娘の姿でした。突然の出来事に私はひどく動揺し、ただただ涙を流しながら娘の名前を呼び続けました。「なんとか生きてほしい」という一心でした。毎日、ただ祈るだけの日が続きました。病院に通い見守り続けることしかできない無力さを、私もまた実感したのでした。
 ある日、娘の家で身の回り品の準備をしていると、綺麗な文字で書かれた臓器提供意思表示カードを見つけました。すぐに病院へ向かいこのカードの存在を明らかにし、移植コーディネーターから臓器提供について説明を受けました。
 しかし現状を現実として、受け入れることができませんでした。人工呼吸器をつけ、息をしている娘に何度も問いかけました。このカードに記入された意思を私はどう判断したらいいのか…。もちろん本人の意思を尊重しなければいけないと分かっていても、まだ生きている娘を前に決断ができずにいたのです。なぜ意思を記入していたのか…。その時ふと、妻の姿が浮かびました。娘は小さな体で多くを支え、人の命について考え、命の大切さや儚さを分かっていたのだと考えました。人との関わりが好きだった娘らしい考えだと思いました。「誰かの役に立ちたい」という覚悟だと確信しました。私が娘の意思を断ち切るわけにはいきません。親として、どこかで娘の一部がお役に立てるのであればと決心することができました。
 娘は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも提供すること、またすべての臓器を提供することを意思表示していました。娘の意思に従い、脳死後の臓器提供をお願いしましたがその病院ではできないことが分かり、心臓が停止した死後の提供を決断しました。
 快復を願っていた私ですが、たくさんの管が繋がっている姿を見ていると、正直、楽にしてあげたい気持ちにもなります。意思通りにいかないことに少し悲しさがありました。
 それから何日か経ち、着替えを取りに自宅へ戻っていた私の元に突然連絡が来ました。容態が急変して危篤状態になったとのこと。しかし自宅から病院までは電車で約2時間かかります。そのため、もしもの場合は私の到着を待たずに臓器摘出手術を実施して頂くようにお願いをしました。そして私が病院に着いた時には、娘の意思通りの処置が行われ、ベッドには可愛い娘が横たわっていました。元気な時の娘の姿と重なり、私は涙をこらえることができませんでした。

 
家族の「つながり」

 それから数ヵ月後の月命日に、移植コーディネーターが「サンクスレター」を届けてくれました。娘からの臓器提供を受けたお二人からの手紙でした。その手紙を読み、私はまた涙が止まりませんでした。感謝の言葉がたくさん書いてありました。本当に良かった。役に立てたことを仏壇の娘の写真を見ながら報告しました。その横で微笑んでいる妻にも報告をしました。人を思いやり、行動力のある娘に育ててくれたことに感謝しました。
 親より早く逝ってしまったことに怒りたい気持ちを抱えながら、娘には「意思のつながり」を教えてくれたこと、私たち家族がこの「意思表示カード」によって遠く離れていても「つながり」を感じることができたことに感謝したいと思います。
 日本の臓器提供件数は年間100件程です。娘はこの中の1件にすぎませんが、移植によりつながる命はたくさんあります。娘の一部がどこかで、人の役に立っていることに感謝しています。

 

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