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小冊子 think transplant

いのちの贈り物
~あなたの意思で救える命~
think transplant Vol.1 

娘は、2000年9月アメリカにて心臓移植手術を受けました。経過は順調で、移植4年目に中学に入学し、毎日元気に通っています。

 
まさか、自分の娘がそんな難病だとは

娘が心臓病であるとわかったのは、小学校入学時に行われた心電図検査でした。異常が認められたので、病院を受診するように言われたのですが、当時はまだ自覚症状も無く元気でしたので、きちんと検査をすれば異常が無いことが分かるだろうと、軽い気持ちで近医を受診しました。その結果、拡張型心筋症という診断を受けました。
私は、まさか自分の娘がそんな難病だとは予想もしていなかったので、言葉では言い表すことができない程の大きなショックを受けました。医師からは、拡張型心筋症という病気は内科的治療により進行を抑えることはできても、今の医療では完治できず、最終的には移植手術が必要となるとの説明を受けましたが、私はその説明をじっと聞いているのがとても耐えられない気持ちでした。
そして私達両親は、その診断が何とか間違いであってほしいという気持ちから、他の病院でも診察を受けたのですが診断結果は同じでした。それでもまだ 娘の病気を受け入れられませんでしたが、病気の進行を抑えるため、運動制限と内服薬での治療を始めました。


 
奇跡を願いつつも病状は悪化の一途

病院受診の度に“今日こそ心臓が小さくなっていますように!良くなっていると言われますように!”と期待し、奇跡でも起こったかのように病気が治ってくれないだろうかと願う日々を過ごしました。でも、そんな期待とは裏腹に、娘の心臓はさらに少しずつ大きくなってしまい、病気が発覚してから約1年後、新しい内服薬を調整するために入院することになりました。結局入院生活は数ヶ月におよび、心不全も進行して強心剤の点滴が必要な状態になってしまいました。
入院生活が長期になるにつれ、いつ退院できるのかわからない入院生活への不安やいらだちと、体の苦しさから娘のストレスは大きくなり「誰かが私のベッドにゴミをばらまいた。」だとか「体にブツブツができている。」などと、時々 幻覚を見ているようなことを言いました。また、物を投げて怒ったり 私の腕を引っ掻いたりすることもあり、心不全の苦しさとストレスとの悪循環で、病状はいっそう悪化していきました。
そして入院から半年後、もう移植が必要な状態であると告げられました。こんなに早く移植が必要な状態になったことに愕然としました。
当時娘は小学2年生で、からだが小さかったのですが、小柄な大人から提供を受けることはできるので、国内でレシピエント登録するために国立循環器病センターへ転院することになりました。転院後すぐに補助人工心臓を装着することになりました。小さなからだのお腹の上に真っ赤に渦巻く血液の見えるポンプがあり、その先の管が2本お腹に突き刺さっている、そんな娘の姿はとても痛々しく、大きなショックを受けました。その時私は、“あー、もう本当にこの子が生きていくために残された道は移植しかないんだ。”と思い、初めて本当の意味で移植を受ける覚悟ができました。


 
日本での移植をあきらめてアメリカへ

娘は国内でレシピエント登録したのですが、日本での脳死移植の少なさを考えると、間に合わないのではないかと不安になり、私たち両親は海外での移植を希望しました。
アメリカのUCLAメディカルセンターに受け入れていただき、ICUに入院して待機となったのですが、その移植待機期間というのは大変なものでした。慣れない海外での生活、言葉もなかなか通じず、娘も私達家族もストレスと不安を感じながらの毎日でした。
待機が始まって2週間目、ドナーの方が現れたと連絡があり、準備をして手術室まで向かったのですが、マッチングテストの結果が不適合で手術には至りませんでした。それから約1ヶ月後、再びドナーの方が現れましたが、またもやマッチングテストの結果不適合でした。その時は、娘もショックで泣いてしまい、私も娘になんと声をかけてあげればいいのかわかりませんでした。この先もずっと、どのドナーの方とも適合できないのではなかと、とても不安になりました。そして、アメリカでの待機が始まってちょうど3ヶ月が経った時、3回目のチャンスが巡ってきました。今度はマッチングテストの結果も良く、無事手術を受けることができたのです。

 

 
移植の喜び、日常の幸せ

移植手術後の娘と対面した時、“手も足もあったかい。からだ全体があったかい。”と、ドナーの方に頂いた心臓が娘のからだの中で動いていることをとても神秘的に感じました。そして改めて、ドナーの方への感謝の気持ちが込み上げました。その後、娘はどんどん順調に回復し、闘病中にはできなかったこと、例えば自由に歩ける、外に出られる、家族揃って一緒に食事ができるなど一つ一つに喜び感激する毎日でした。
移植手術後の生活には、期待と喜びの反面、拒絶反応や感染症の心配もありましたが、日々の生活を通して徐々に慣れました。今でも、感染などには注意していますが、手術前に想像していたよりもずっと、普通に近い生活を送ることができています。
最近、娘は「やりたい事があり過ぎて、一日24時間では足りないわ。」と言っています。それは、何をしても楽しい年頃だからなのか、闘病中にはできなかったことを今取り戻したいという気持ちからなのかわかりませんが、楽しく充実した毎日を過ごせることは嬉しくありがたい限りです。
娘も私達家族も、この病気を通してとても辛い思いをたくさん経験しましたが、それ以上に、人々の温かい気持ちをたくさんいただき、生きる喜びを普通以上に感じています。そして、移植医療のすばらしさを実感しています。
これからも、ドナーの方やその家族の方々、そして色々な面で支えてきてくださった多くの方たちへの感謝の気持ちを忘れずに過ごしていきたいと思っています。


 

メッセージ

今の日本は、多くの患者さんが移植の機会を待ち望んでいらっしゃいますがなかなか移植を受けることはできません。 日本でも移植医療について多くの方々にご理解いただき、移植を待つ患者さんが数多く救われる日が来ることを心から願っています。
藤田 てるみ

 

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