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吉本 多香美さん TRANS PLANT vol17(2001年3月)掲載
 大学ではフランス語を専攻していましたが、その頃からマウンテンバイクの面白さに魅せられ始めていました。今でも1日お休みが取れると一人で多摩川の上流まで出かけたり、少し離れた遊園地まで漕いでいって汗を流します。四季折々に色づく木の葉や花を見たり、普段は入っていけそうに無い獣道やアップダウンの激しい道も軽快に走り抜けられる時間は元気の素になっているんです。取材で遠方に出かける時にも、自分のマウンテンバイクを運んでいろいろなところを走り回ります。
少ない滞在期間に多くの人や素晴らしい景色に出会えるチャンスが増えるので、とても貴重なんです。
 もともとマウンテンバイクを始めた時は体力が無くて、景色を楽しむ余裕なんて無かったので、まず体力作りに励みました。最初は、とにかくマウンテンバイクのツーリングに行き続けました。始めは辛くても回数を重ねるごとに体力が自然とついてきました。最近はスポーツジムに行ってスピニングという方法でメンタルトレーニングと体力をつけています。
 体力がつくと遊べるんですよ。仲の良い地元のお友達が週末に多摩川沿いでディスク(145gのフリスビー)をやっているんです。私も仕事がなければスポーツ感覚で参加して、楽しく遊んで過ごします。体調が悪い時も逆に身体を動かしていると治っちゃうんです。享楽主義ですね。健全な。(笑)
 睡眠時間は最低7時間はとるようにしています。熱いシャワーを浴びて身体を温めておけばどこでも心地よく眠れます。食事は野菜中心。玄米おにぎりにうめぼし、のり巻きを自分で作って、中国茶や日本茶があれば万全。これが私のストレス解消にもなっています。
 もともと旅行は好きで小さい頃から海外にも行く機会がありましたが、旅に出て取材をするお仕事も多いので、そこでの出会いやインスピレーションをとても大切にしています。感じるものがあるということは何か理由があるわけですから、それで終わりにしないで膨らませたりつなげていくようにしています。
 たとえば、私の祖母はとてもハイカラな人で、タンゴを踊っていたことがあるんです。だから私もタンゴをとても身近に感じてはいたんですが、『タンゴ』(カルロス・サウラ監督)という映画を見た時、踊っている人の中に日本人がいるのを見つけました。もちろんその時の一瞬の記憶として残っていただけだったんです。ところがその後ずいぶん経ってから日本でタンゴの先生を紹介された時に…すぐにピンときました。映画の中で踊っていたあの方だって。
彼女は、現在日本でタンゴを広めるために踊り場を提供したりして頑張っていらっしゃいます。やはり印象に残り、引き付けられるものがあったんですね。それから私はタンゴを習い始めました。この素晴らしい方との出会いをつなげておきたかったんです。人との出会いはこうやって自分を高めること、そしてそれがまた人へつながることとして続いていくのがいいですよね。
 2年前に初めての脳死での臓器提供がニュースになっているのを見て「私も絶対したい!」というインスピレーションがありました。もともと、父も人のためになることを積極的に自分のこととして考えている人でしたから、ニュースを見て家族と話し合った時はみんなすぐに理解しあいましたよ。保険証にシールで臓器提供の意思を表示しています。自分のことは家族と話しておけば必ずつながると思っています。ただ、自分がいいと思うことでも家族の提供を見守る立場を考えるともっと周囲の温かさが必要ですね。
 大好きだった祖母が亡くなるとき、意識がないままに延命されている状況を見て自分なりに不自然さを感じていました。たぶん、祖母の生き方にも合っていないような気もしたんでしょうね。ただ、何も知識が無くてどうすることもできなかったのが残念で。誰でも自分の最期をどうしたいかは考えて伝えておく必要性がありますね。そのための知識や情報を得ることも重要です。
 私の今の仕事は、人と人とを結び付けてメッセージを伝えていく人になりたいという小学生の時からの夢が叶っている過程なんです。誰かひとりでもいいから、見てくれた人が何かを考えるきっかけになって欲しいと思っています。何かを伝えて誰かが幸せになることを続けていきたいんです。
 人の役に立てて、生きていて良かったという思いを大切にしましょうよ。
吉本 多香美(よしもと たかみ)
1971年生まれ。海外レポートやCMなどで快活で知的な印象が幅広い層に支持される。最近では、'99年映画「皆月」で第21回ヨコハマ映画祭助演女優賞、第25回おおさか映画祭主演女優賞などを受賞するなど女優としての活躍が目覚しい。
2001年3月現在
 

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