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増田 明美さん 2001年12月インタビュー
昨年、神戸で行われた「第13回世界臓器移植者スポーツ大会」に積極的に参加をしてくださった増田明美さん。たくさんの感動を得たという増田さんからのメッセージは? そして、”いのち”に対する思いは?
 臓器移植に関心を持ったのは、東大医科研で、移植者のサポートもしていらっしゃる木村春江さんという方にお会いしたのがきっかけです。木村さんの話を聞く前は、正直言って、移植された方はソォ〜ッと静かに暮らしているんだろうな、くらいのイメージしかなかったんです。でも、「たくさんの方がスポーツをして、100メートルだって11秒台で走る人もいるのよ」と聞き、それまでのイメージがすっかり変わりました。
でも、今の日本の臓器移植の環境では、費用もかなりかかったりと、簡単にはできないんですよね。残念だなと思います。
 そんな経緯で臓器移植に関心を持つようになり、スポーツを通して自分なりに何かできないかと思い、昨年、神戸で行われた「第13回世界移植者スポーツ大会」のお手伝いをさせていただきました。元気にスポーツを楽しんでいらっしゃる方を実際に目の当たりにして、本当に驚き、感動の連続でした。中でも、いちばん感動したのは、表彰式のシーン。もちろん、どんなスポーツ大会でも表彰シーンは感動的なんですが、ただし、ちょっと雰囲気が違ったんです。
 神戸の場合は、表彰台も小さくて手作りっぽいんですが、ものすごく温かさがあるんですよね。メダルを贈られた選手たちのはじける笑顔、彼らを囲む親御さんたちの感慨深げな表情。そして、観客席に目をやると、そこにはドナーの家族の方の、静かだけれどとても温かな視線があって、「いのち」を見つめるたくさんの温かな顔が会場中にあるんです。それにふれることができたのは、私にとっても感動でした。
 3年前に恩師の滝田詔生(たきたつぐお)先生(俳優の滝田栄氏の兄でもあり、増田明美さんの高校時代の陸上部監督。)が亡くなったんですが、亡くなる4日前に、やっとの思いで発して下さった言葉が「のんびり行けよ」だったんです。先生が亡くなって3ヶ月後には、偶然なんですが大好きな祖母も亡くなり、私への最後の言葉が「あけちゃん、大好きだよ」でした。
 滝田先生にしても祖母にしても、この人には絶対いてほしい、という人がこの世からいなくなってしまう寂しさ、孤独を思うとたまらなかった。何ともいえない気持ちでした。そんなことが続いたものですから、それからは、亡くなったその人たちの分まで生きよう、一瞬一瞬を大切にして一生懸命に生きなければ。そんな気持ちがはっきり芽生えてきたのがわかります。
 最近は、いのちを軽んじるような少年犯罪が増えていますが、私に何かできることがあるとすれば、少年たちのエネルギーの発散場所をスポーツに向けてあげるようにすることかな、と。スポーツって最高だと思うんです。風にふれて汗をかいて、いろんな人とふれあって…。そうすることで理屈抜きに心の状態が変わっていくんです。悩んでいたこととか、明るくなれない気持ちが、なんか、ふわーっと切り替わっていくような。そして、人間としての軸の部分の「元気さ」「たくましさ」も培われていく…。その意味で、スポーツの楽しさをもっともっとたくさんの子供たちに伝えたい。そして、最終的に自分らしく元気に生きられるようになってくれればいいなと思います。
 走ることは本当に好きで、自分自身のバランスを取る意味でも大切なもの。だから、走ることは、一生「熱中するもの」として続けていくと思います。
それは私の基本ですが、それ以外にも、いろんなことをやってみたい。今も、俳句を習ったり、声楽の勉強を始めていますが、感性を磨き、人間としての幅を広げたい、という気持ちがものすごく強いですね。ジャーナリストとしても、行間を感じさせるような文章を書けるようになりたい。
とにかくいろんなことに挑戦して、一生懸命生きていきたいですね。
増田 明美(ますだ あけみ)
1964年1月1日千葉県生まれ。

1964年
元旦に、千葉県夷隅郡岬町に生まれる。

1981年
私立成田高校3年の時、トラックで3千、5千、1万メートル、そしてロードでも10、20、30キロ、マラソンと、ほとんどの長距離種目で次々と日本記録を樹立。

1982年
地元千葉での初マラソンで、日本最高・世界ジュニア最高記録を樹立。
中日20キロマラソンで世界最高記録。

1983年
オレゴンTCナイキマラソンで1位、日本記録を更新。

1984年
ロサンゼルスオリンピック出場。無念の途中棄権。

1986年
渡米しNEC米社に入社、オレゴン大学に陸上留学。

1989年
第11回東京国際女子マラソンに出場し、日本人最高の8位。

1992年
大阪国際マラソンを最後に現役生活を引退する。
13年間に世界最高記録2回、日本記録12回。自己ベストは1983年TCの2時間30分30秒。

現 在
スポーツジャーナリストとして執筆活動、マラソン中継に解説者として携わる。NHK「アナウンサーにQ」などで司会を務める。

《その他活動》
夢伝大会本部長
大阪芸術大学助教授
文部科学省中央教育審議会委員
日本陸上競技連盟 理事
笹川スポーツ財団 評議員
財団法人 日本障害者スポーツ協会評議員
コーチング国際会議組織委員会。
第13回 世界移植者スポーツ大会組織委員会委員。
ホームページ http://www.office-masuda.co.jp/
 

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