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デジタルTransplant

不必要な治療はやめよう。
意識がなくなって何もできないような延命よりも
豊かな価値のある生命の質をサポートすることが
望まれているはず。
日本の医療をまだまだ変えていきたいと語る
89歳の現役医師が目指す本当のいのちのありかたとは。
新しい医学の導入
最優先されるべき患者のQOL
移植医療
世界と日本の違い
21世紀へのメッセージ
新しい医学の導入

雁瀬
先生は御歳89歳。今でも現役で診察をしていらっしゃるし、シンポジウムや教育の場などのさまざまな場所に出向かれて精力的に行動されていますね。まさに、20世紀の医療の変化を見てこられて、いかがですか?

日野原
私が医師になったのは、昭和12年(1937年)ですから、すでに64年も患者さんを診続けてきました。私ほど古い医学から新しい医学への転換を体験した医師は少ないでしょうね。大学と大学院を出てから16年に聖路加病院に赴任し、10年間働いてからアメリカに留学しました。当時、アメリカの医学は半世紀も進んでいて、日本に戻ってきてから「これじゃだめだ」ということで、卒後教育やリサーチの方法論、文部省や厚生省の審議会などに参加して臨床医学のレベルアップに力を注いできました。日本は、基礎や病理を重んじるドイツの医学を信じすぎたから古い教育が続けられたんです。アメリカは、臨床を重んじるベッドサイドの教育が早くから実践され、それがまた素晴らしいんですよ。

雁瀬
先生は臨床の場での教育の必要性を感じられたんですね。

日野原
大学の医学教育や卒後教育に強く意見してきましたよ。昭和42年にはインターン制度が廃止されることになりましたが、沖中重雄先生(当時虎の門病院院長)と僕だけが反対したんです。廃止するならせめて、希望者だけでも2年間の卒後研修をさせてあげて欲しいと。あれから34年経った昨年の秋、やっとこの研修を全員必須で受けることに決定しました。ひとつ実現するのに30年もかかっちゃうんですよ。

雁瀬
インフォームドコンセントもその意味が理解されて定着するのに20年以上かかったと聞きました。なにかひとつを体制として取り入れるのは大変なことですね。

日野原
日本ではリンゲル液しか使っていない頃から、アメリカではナトリウムやカリウムなどの電解質を理論的に組み合わせて病気に応じて輸液をするエビデンス・ベースド・メディシンが始まっていたんです。このようなアメリカ医学を日本に導入する架け橋の仕事を今までずっとしてきたんですよ。時間がかかりますが、いいものは取り入れるというオープンな社会性をもつ日本であってほしいですね。その意味では臓器移植もそうですよ。
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最優先されるべき患者のQOL

雁瀬
患者さんの意思を尊重するという意味ではどうでしょうか。

日野原
アメリカ、イギリス、カナダの医学はそれぞれの特徴をもちながらも、素晴らしいものはどんどん導入していったのですが、日本は患者のQOLを大切にしながら治療をする配慮がまだまだ少ないですね。人を見ないで検査ばかりしているし、しかも命令しているみたいでしょ。進んだ医学は、治療や検査の面で多くの患者に負担を増やしてきました。医師が自分の家族や恩師にでもそうするかをよく考えて治療したらいいと思うんですよ。

雁瀬
乳がん患者会の代表の方が、「日本の医師は説明もしてくれないのに、(乳房を)とるかとらないか決めてきてください、と突き放す。情報も無いのに決定だけを迫ってくる」と嘆いていました。

日野原
日本の医療は、時間をかけることに対する報酬が無いから、丁寧な医療に時間を割く認識が無いんですよ。だから、患者さんは短い時間でも自分を表現することを練習しないと。今までの自分の病歴を的確に伝える訓練と、「先生の奥さんだったらどうしますか?」と聞く強さをもって、先生と向き合わないとね。そこで、きちんと答えてくれる先生かどうかを見極めるのは患者さんですからね。

雁瀬
患者の立場での勉強と努力も必要ですね。ひとりひとりが自分のからだのことや治療方法、選択肢などを知って、医療側と充分に話し合いながら進められれば理想的ですね。

日野原
お任せではだめですよ。

雁瀬
ただ、これが正しいという判断には、もう少し情報があったほうがいいですね。

日野原
医学の領域は情報を出さないできたからね。評価しようがなかったんでしょう。音楽なら音楽評論家、絵画なら美術評論家がいて、厳しい評価や批判を公表しているけれど、医学にはないでしょ。医師の知識と判断だけに任せないで、もっと多くの人に情報を伝えて、常識として捉えられるように、日本の環境を変えていかないとね。

雁瀬
日本は、反対する人達の意見や評論が大袈裟で、なかなか世界の流れに見合う変化を遂げられません。

日野原
環境や教育の違いですね。かたくなにならないで、もっと柔軟にキャッチしていってもいいと思うなあ。僕の尊敬するオスラー先生は、「医学は科学に基礎を置いたアートである」と言ったんですよ。アートというのはタッチ。医師はその人の心を考えて、理論と技術をベースにして、その上でいかに患者に適応したタッチをするかが重要ということですね。患者さんや家族にもたらす結果をよく考えて、いちかばちかで治療するのではなく、障害などを残さないように自分のこととして置き換えて接していくことが大切です。患者も医師も変わる時期ですよ。
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移植医療

雁瀬
移植については、どのように感じてこられましたか?

日野原
もっと技術が進歩してくれば、人工心臓などが実用化されるでしょう。それまでまだしばらく時間がかかりますから、「自分が亡くなる時、どうぞ自分の臓器を使ってください」という意思をカードに記入しておけば役に立てることができますね。アメリカでは運転免許証の裏に記入してありますから、誰でも知っていますよ。私の息子はアメリカで医師をしていますが、家族全員が臓器提供の意思を記入していますし、それがほとんど常識のようになっているんです。ところが、日本はことさらの問題として大袈裟に捉えすぎていますね。自分の身体を守ることにエキセントリックになる日本の古い文化を変えなくてはいけません。命の大切なことを認識すると共に、命がいよいよ朽ちる時には命がうまく誰かのために使われるような臓器提供や献体が、いつも考えられている社会になって欲しいと思っています。

雁瀬
日本では、法律や手続きが厳しく、なかなか身近な感覚になりません。

日野原
そうですね。最近では子供の意思確認の可否や脳死判定について議論されているけれど、子供のことは親が考えてもいいでしょう。「この子は残念ながら亡くなるけれども、この子の心臓がほかの病んでいる子供の心臓に置き換わることが本当に意味のあることだ」と感じられれば、少し道が拓けてくるでしょうね。

雁瀬
最近は、幼児虐待などの事件も多いので、子供の臓器提供を親の判断に任せることに慎重な意見も多いんです。

日野原
逆でしょう。臓器提供をしないことで、愛情がある振りをするほうが危ないの。本当に愛情があるならば、悲しみの涙を流しながらも臓器提供できるのではないですか?

雁瀬
「自分の子供が最善の医療を受けたことが確信できなければ、脳死や臓器提供ということまで考えられない」というご意見も聞きます。自分の臓器提供についてもなかなか意思決定できないのに、医療に関する情報も乏しければ、家族の臓器提供を考えたり決断することはもっと考えにくいのでしょうね。

日野原
1990年にオーストラリアのセントビンセント病院に行った時に、移植に関する大きな遅れを実感しましたよ。日本では心臓移植はどうなっているかと聞かれたので「まだやっていません」と答えるとびっくりしていました。「こちらでは1960年代後半から始め、今では週に3、4回やっています」と言って、手術後3、4日の患者さんを紹介されましたが、「あと4、5日で退院します」と言うのですから盲腸の手術のようだと感じました。病室に入る時も「ガウンは?」と心配すると「良い免疫抑制剤があるから感染は心配しなくて結構です」といった感じで、握手までさせてくれました。このシステムや意識に関する日本の遅れは、医療の現場で真実が患者に伝えられなかったためだと思いました。真実を伝えて医師と患者の信頼関係を築いていかなければ、技術ばかり持っていても進まないのです。

雁瀬
技術と信頼関係のバランス、意識の前進が必要ですね。

日野原
脳死判定や医療にはエキセントリックになるけれど、日本人は堕胎の多い国として有名なんですよ。カナダ人の倫理学者が日本に来た時に「なぜ、日本ではそんなに移植が進まないのか」と聞いてきたので、「脳死の概念や脳死判定がクリアでない」と答えたら、「日本人はお腹の中にすでに動いている見えない命を平気で人工流産させてしまうのに、病気や事故で脳全体がダメージを受けて回復の見込めない最期の時に、他者のために臓器提供することは決断できないのか」と不思議がっていましたよ。「日本人が命に対して温情があり、繊細であるというのは嘘だ」と堕胎を例に厳しく発言しているのを聞いて、世界から見た日本像を知りました。

雁瀬
あらためて意識の差に気付かされます。

日野原
脳死は、世界のほとんどの国で人の死とされているのですから、日本でも常識のように脳死での臓器提供を考えるように普及していかなければ、このような人助けは増えないでしょう。今でも、大変な額の募金を集めて海外で移植を受けに行く人が多いでしょ。脳死の検査をしっかり行なって、移植コーディネーターがきちんと手続きをすれば、どこでも提供できるようにしていかないと。

雁瀬
つい先日、この聖路加国際病院でも脳死でのご提供がありました。

日野原
ご家族に透析をしている方がいらしたから、生前に理解があって臓器提供意思表示カードを記入していた方です。普通のことです。常識的なことですよ。まるで事件のように扱うのはかえっておかしいですね。国民の意識改革をしないと。多くの国民の意見を聞くのはいいけれど、意識改革していない人の意見に従う必要はないんだから、進んでいる国の情報を取り入れて、抵抗無く感じられる社会にしていかなくちゃね。

雁瀬
医師側、患者側、国民全体の意識改革は、なかなか進まないように映りますが。

日野原
癌でも、告知しないでごまかしてきたような期間が長かったけれど、そんなことを続けていたらだめですね。真実を告げ、いよいよ回復が見込めない段階になったとき、本人が痛み緩和治療やホスピスを希望したら、医師はその気持ちに沿うようにしてあげるべきです。日本は最近やっと半分くらいが癌末期の告知をするようになってきました。ところが、「あなたの命は2週間ですよ」と伝えてしまうようなそっけない医師がいるから、ホスピスに入った患者が不安と恐怖心で家に戻ってしまうようなことがあるんです。治しようがなく、段々と悪い状態になっていることを告げるのはいいけれど、どんな名医でも断言できない死までの日にちや時間を言うようなことは非常識なんです。そんな大切な教育が学生の頃からされていないんですよ。インフォームドコンセントは思ったまま言えばいいというのではなく、医学的にも科学的にも根拠がないとね。不確実なことを言うのはかえって罪ですよ。

雁瀬
そのような気付きを重ねながら、少しずつ変わっていかなくてはいけないんですね。

日野原
回復の見込みがないことを伝える人も自分の意思を伝える人も教養高くレベル高くならないと、移植がまれな事件のように扱われるのと同じようなものになってしまいますよ。死は誰にでもおとずれるものですし、臓器提供も自然な姿。特別なことではないんです。
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世界と日本の違い

雁瀬
日本では、移植が必要な子供たちを救えるシステムになっていないのに、アメリカやオーストラリアでは、日本の子供たちにまで手を差し伸べてくれています。

日野原
アメリカは、自分の子供が大きくなって大学に進んで家から独立すると、今度は中国やベトナムから養子をもらって育てたりすることが少なくないんですよ。養子にも相続権があるの。このような考えは、日本には全くありません。教育を受けさせる時も英語ばかりではなくて、その子の母国語もきちんと学べるようにしてあげる。すごいでしょ。グローバルな考え方が備わっているところは、日本と根本的に違うんですよ。

雁瀬
素晴らしいお話しだと感銘しても、さて今の日本で自分がそれをできるかというと・・・。

日野原
いい話しが、身近な話しでは無いからですよ。遠くのいい話しにはリアリティーが感じられないから。

雁瀬
日本での臓器提供もまさにそうなんです。いつか来るかもしれない、遠くでのできごとと捉えられているようで。

日野原
日本人ほど多くの人が大学に行く国民は無いのに、グローバルな考えが身につかないのは、教育が良くないんですね。最近、入学試験での不祥事さえ隠されていたことがわかりました。医療事故も隠す。いけませんね。

雁瀬
何でも隠さず透明に判断を仰いで、その改革や変化を皆で取り組んでいったほうがいいですね。

日野原
もう一つ、日本は救命救急の制度が遅れているんですよ。ヘリポートがないでしょ。サミットがあった時に聖路加国際病院で受け入れることが決まったので、自動車では間に合わないからヘリコプターを使いましょうと言っても、ヘリポートがない。病院は河の側だからフローティング作って欲しいと政府に申請したけれど、法律上難しいと断られました。何でも法律。日本は法治国家で安全なようだけど、法律ばかり作っているから社会が硬直してしまい、進歩が遅くなるんですよ。建築法は48年間、医療法は53年間変わっていないんですよ。これは、今の時代に合わないの。どうしようもないですね。

雁瀬
臓器移植法はできたばかりですが、多くの課題を抱えています。3年後に見直すとして施行されましたが、4年目を迎えるこの時期にまだ動きはないようです。

日野原
法律は、簡単に変えられないよ。それにお役人は2年ごとに入れ替わるから、そこでまた別の人が担当する。進まないでしょ。韓国や台湾は、法律に頼らずにそれぞれが自信を持って進めていましたよ。法律は、もっとわかりやすく身近なものにしないと。

雁瀬
本人が提供したいという意思表示とご家族の承諾がないと提供できない厳しさは、世界でも希です。

日野原
本人の意思は尊重してあげないとね。あんまり残された人の意見を聞きすぎるのもどうかなあ。だってね、本人の希望があって献体したいということに対して、ずっと見守って来た人が賛成し、一度も見舞いに来なかった人が後から反対するということが結構多いんですよ。臓器提供も似たところがあるでしょ。愛する人の意思を生かすことよりも、反対することが愛情だと勘違いしている人がいる。

雁瀬
脳死での臓器提供では、マスコミの過剰な取材による大変な負担がありましたが、それでも臓器の提供を決意されたご家族には生前の会話がきちんとあったように感じます。

日野原
そうでしょうね。ひとりでも反対したら難しいけど、あんまり見舞いにも来なかったような人が意見を言ってくることが多いのよ。病院でもそうですよ。解剖を許可してくれる方は、医師との信頼関係が十分にできている証拠です。「これだけしてもらったら」という信頼感がないと、いくら本人の意思があっても家族は決意できないでしょうね。
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21世紀へのメッセージ

雁瀬
先生から私達にメッセージをいただけますか?

日野原
生涯の中で、自分以外のことを考える時間や努力があったかどうかをよく見つめて欲しいですね。自分が亡くなる時にからだや遺産を使ってくださいと考えてもいいんじゃないかなあ。遺産は当然子供にいくというのもおかしいの。結果的に社会に役立つことを考えておかないと。皆が干渉しすぎなんですね。遺言できちんと残しておいたり、意思表示カードで伝えておくことが賢明ですね。医療側は、脳死での臓器提供に関わったら検証されるという心配や保身をしないで、自分の行なう医療に自信を持って、患者さんの意思を生かしてあげることです。

雁瀬
それを支えるのが、教育と透明さですね。

日野原
人には間違いはあります。間違っていても素直にそれを認め、また周りもそれを許す教育を家庭環境や学生時代に受けておくことが大切です。

雁瀬
家族や友達に悲しい体験があった子供達は、命や健康についてよく考えています。深い悲しみと共に、思いやりを学ぶきっかけがあったのだと思います。体験に勝る教育はないかと思いますが、先生は子供達にどのように教えていらっしゃいますか?

日野原
子供たちに聴診器を持たせて、実際に心臓の鼓動を聞かせてあげます。「この鼓動が3分止まったら、脳に血液がいかなくなって脳が死に始めるんですよ。その後、人工的に血液が流れるようにしても、脳はもう元に戻りませんよ。人のからだは脳が全てを支配しているから、器械によって心臓を動かして血を巡らしても脳全体がだめになっている脳死という状態になったら、必ず心臓も止まってしまいます。その時に臓器を提供することはいいことではないですか。」と話すと、小学生でもとても良く理解していましたよ。

雁瀬
なぜ生きているか、なぜ物を考えているかを体験して学ぶことが大切ですね。

日野原
私の孫は、アメリカで学生生活を送ってきたんだけど、大学院の時恋人ができてね、その子は透析が必要だから、孫はアルバイトしながら彼女を透析に連れていってあげていたらしいの。結婚もしたいと考えているというから、子供をもつのはあきらめなくてはいけないだろうと思っていたら、彼女の50歳になる父親が結婚前に彼女に腎臓を提供したんですよ。移植して元気になった花嫁さんと結婚して幸せに暮らしているらしいですよ。

雁瀬
皆さんの優しさに包まれていますね。

日野原
命も老いも死も与えられているものですから、それをどう考えるかが大切です。どう良く生き、どう良く病み、どう良く死ぬかを一人ずつ自分のこととして考えていかなくてはいけません。だからこそ、今生きている喜びを感じられるようにしないとね。死後の臓器提供は、誰かの中に生きているという喜びに変えていければいいですね。

雁瀬
議論や法律ばかりで進められるのではなく、日常の自然な感情や優しさから育まれる臓器提供がある社会を、これからの子供たちに託していきたいと思います。ありがとうございました。
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日野原 重明(ひのはら しげあき)
1911年生まれ。京都帝国大学医学部卒業。現在、聖路加看護学園 理事長、聖路加看護大学 名誉学長、聖路加看護大学 名誉学長、聖路加国際病院 理事長、聖ルカ・ライフサイエンス研究所 理事長。著書に「人生の四季に生きる」「命をみつめて」「医学するこころ」「老いへの挑戦」「老いを創める」「生きることの質」など多数。

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