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多くの医師が追求し続けてきた救命の医学
それは確かに素晴らしい進歩を遂げたのだが
温かくて丁寧な姿勢を忘れてこなかっただろうか
最後まで頑張れ!という医療に
患者さんは「がんばらない」でいいいという
優しさを注いだ鎌田實医師
21世紀に取り戻すべき医療の原点を語っていただいた
患者と医者と家族の共感が大切
自己決定できる地域医療
いのちのリレー
命はその人のもの
患者と医者と家族の共感が大切

雁瀬
諏訪中央病院に入ると、広くて明るいエントランスに3つの医療方針が掲げられていますね。「予防からリハビリまでの一貫した医療を担う、地域に密着した手作りの医療を実践する、救急医療・高度医療を担う」と書いてあります。都会の大病院とはまた違って、地方の病院が目指す医療として考えられたのですね。

鎌田
そうですね。私は生まれてから死ぬまでの全体を支える医療をしていきたいと思っていました。東京では、悪いところを治す医療が中心ですが、命を長いスパンで考え、トータルに看る医療を実践したかったんです。

雁瀬
東京生まれで東京育ちの先生が、地方の病院に出ようと思われたきっかけは何かあったのでしょうか。

鎌田
大学の同僚は″都落ち″なんて言ってたけれど、いろいろな医療の在り方があっていいと思っていたし、違った生き方をする医者がいてもいいかなとも思って地域医療の道を選びました・・・正解でしたね。大学病院は、研究と教育と臨床(実際の治療)を三本柱としているけれど、研究至上主義なんですよ。温かで丁寧な姿勢で相手に優しさを伝えること、そして同時に命を助けるために高度な医療技術を提供することのどちらもとても大切なことなんですが、そのバランスが崩れているような気がしますね。

雁瀬
鎌田先生はもともと、そこにとても違和感があったのですね。

鎌田
多くの医師が、最初は温かい医療を目指していたはずなんです。ところが臨床を重ねていくうちに忙しくて疲れ果て、保険制度や訴訟に気力を奪われて、だんだんとやりたい医療からずれていってしまうんでしょうね。

雁瀬
日本の医師は、本当に忙しくて疲れていると思います。

鎌田
自分の時間や家庭を犠牲にしてまで取り組んだ医学の道は、素晴らしい進歩を遂げたけど、人を看ることから臓器や細胞を見るようになっていってしまった。そうやって助けることができるようになったんだからしょうがないと思うけれど、なおかつ丸ごとの人として看て欲しいなあ。そんな贅沢な医療ができたら、やりがいがあると思うんだよなあ。

雁瀬
患者さんも望んでいることですよね。

鎌田
治った時は感謝されるけど、治らなかったら訴訟されるなんて悲しいじゃない。患者と医者と家族の間に気持ちのギャップがあったらいけないんだよ。それを埋めなければみんな不幸だよね。医学にも限界があるんだから、だからこそ共感が大切。患者と医者と家族の共感。これが20世紀後半の医療に欠けていたんじゃないかな。
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自己決定できる地域医療

雁瀬
26年前、鎌田先生が着任された頃の諏訪中央病院は「医者が4人しかいなくて、患者は来ないし、潰れそうな病院」だったそうですが、今では全国のモデル病院として見学者が絶えないほど立派ですね。ここまでのご苦労はいっぱいあったのではないでしょうか。

鎌田
患者の自己決定を徹底させる病院作りを目指してやってきたんですよ。命は患者さん自身のものだから、その人がその人らしく生きていく手伝いをしたいと思ったからね。その人の哲学、人生観をまっとうさせてあげたかった。それには、真実を話し、選べる治療法と療養空間をいっぱいもつことが大切なんです。田舎の病院だけど、24時間救急をやろうと思ったし、病院じゃなくて家で過ごしたい患者さんには在宅ケアを始めた。末期癌の人には緩和ケア(痛みを取る治療)が必要だったし、農家のお年寄りでも普段着で入れるホスピスが欲しかった。そうやって、患者さんの障害や病状に合わせて必要に応じて多様なシステムを作ってきた結果ですね。

雁瀬
病院の施設は立派にできても、患者さんひとりひとりが自己決定できるようになるのは大変だと思います。どんな取り組みをされたのでしょうか。

鎌田
これも少しずつ変わってきたのかなあ。最初は有志で「ほろ酔い勉強会」と称して地域を健康にするための環境や教育について話し合っていました。だけど健康になる技術論だけではなくて、住民の意識改革が必要だと思いました。みんなで「命の勉強会」を開くようになったんです。自分達の命を考えるグループ、尊厳死を考えるグループ、家族を亡くした人の集り、末期癌の家族を持つ方の悩みに答える「ターミナル110番」など、いろいろな取り組みに広がっていったんですね。住民自身の意識がとても高まりましたよ。

雁瀬
理想的な意識改革ですね。

鎌田
だから、ここの地域の人は、臓器提供意思表示カードも一度は見て、自分のこととして考えている方が多いと思いますよ。提供する人も提供しない人も、きちんと向き合って考えています。
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いのちのリレー

雁瀬
命を救うために、積極的治療をどんどんしてきたけれど、医療にも限界があって、その先をあきらめなくてはいけない時があります。医療側も無念だし、患者さんも辛くて悲しい時だと思います。そこを支えることはとても大切なのに、日本の医療がもっとも苦手としていることでもあるような気がします。

鎌田
そのとおり。それが20世紀の忘れ物。

雁瀬
移植医療も同じなんです。救命に全力を尽くしても、脳死になってしまった時にはご家族にも医療側にも辛さと苦しさがあります。本人に臓器提供の意思があった場合に、そこを支えあって本人の意思を叶えていけることが理想です。

鎌田
救命する側も、パイプ役であるコーディネーターも、そして移植医もそれぞれが独自の立場で全力を注ぐことが大切ですね。この三者がきちんと分かれていて透明なことが必要です。実は僕は、臓器移植にはまだ賛成できないでいるんだよ。僕によくインタビューに来たね。エライヨ(笑)僕も迷ったんだけど『インタビュー受けるべきか、受けざるべきか』ハムレットの心境でした。意思表示カードには、3番の臓器を提供しませんのところに丸をして持っていて、家族もそのことを了解しています。

雁瀬
ええ。提供しないという意思もきちんと書いて伝えておいてくださることはとても意義深いことです。よろしかったら、その理由を教えていただけますか?

鎌田
海外の特定な地域に行って臓器移植中に亡くなった方のニュースを見た時に、臓器に価値がついてしまって、貧しいものから富めるものに渡されているような感じがしたんですね。ある地域の臓器に価値が付いて、順番やチャンスの透明性が崩れはしないのかというのが心配です。生きたいという欲望を叶える中で、この先ずっとルールを守っていけるのかがまだ心配なんです。

雁瀬
日本ではとても厳しい法律とガイドラインに沿って行われていて、30年前の移植に対する不信感を払拭したいと努力をしています。国内での提供がもう少し増えてくれば、海外にまで行かなくても、多くの人がきちんとしたルールの中で移植できるようになるとも思います。

鎌田
「いのちのリレー」というマスコミの大見出しにも違和感があったんだよね。

雁瀬
『がんばらない』という先生の著書を読んだ時に、先生の移植に対する違和感は感じていました。だからこそお会いしたかったんです。臓器移植だけが「いのちのリレー」ではない。こうした地域医療の中で、温かくて丁寧な看取りをする中にも、家族同士、地域の人同士が、命の大切さを伝え合える「いのちのリレー」が行われているんだということを教わったように思いました。
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命はその人のもの

鎌田
今は、自分は提供しない・もらわないと思っているけれど、命はその人のものだからね、本人が臓器を提供したいと望んでいる方には協力していますよ。ここの病院にも、自分にもしものことがあったら臓器を提供したいという患者さんが入院されました。残念ながら脳死となられて、担当医師が相談の電話をしてきました。担当医師には、そのまま全力で患者さんをケアすることを指示し、同時にどうしたら患者さんの意思を叶えられるか考えました。ご家族の気持ちは「本人がそのように希望していたので、その思いを叶えてやりたい」ということでしたが、ここは脳死で提供できる指定施設ではなかったので、さらによく話し合って、信州大学のチームと当院のチームの共同で、心臓停止後に腎臓と角膜を提供したことがあります。医療は院長の僕の考え方で決めてはいけないですよね。その人の命はその人のもの、それが基本。

雁瀬
そこに、丁寧で温かな支えがきちんとあれば、先生のおっしゃる共感できる医療となりますね。

鎌田
臓器を提供しました、移植が終わりました、ではだめ。その善意と行為がどれだけ人の役に立って、その後どうなったかはきちんと伝えてあげなくてはいけないよね。物語としてちゃんとフィードバックしてあげて、何十倍も心をくだいて患者さんのご家族を支えていかないとね。

雁瀬
地域の取り組みでは、同じ体験者同士の話し合い『ピュアカウンセリング』がとてもいいそうですね。

鎌田
ここでは、直腸癌の人が人工肛門などの形成に悩んで、自分の決断をしかねている時に、医者や看護婦がいろいろ説明するよりも、経験者からいいこと悪いこと、辛さも苦しさもすべて話してもらうようにしています。これはとても大切なことです。経験者だからこそ共感して、揺れ動く心を癒してあげられるんです。もちろん医療者もそこに気持ちを共有することが必要です。

雁瀬
臓器提供を決断されたご家族にも移植をした人にも必要なことだと思います。

鎌田
まさに臓器を提供したご家族の心は、いつも揺れ動いていると思うので、その決断が人の人生をどう変えることができたかを経験者や専門家が丁寧に伝えて癒してあげるべきです。

雁瀬
医療全体の課題でもありますね。

鎌田
そう。インフォームドコンセントも訴訟を防ぐためや自己防衛のためにするんじゃなくて、一緒に病気と闘いましょうという共感をもてるようにしないとね。亡くなった時にも、助からなかったけどこれだけ看てくれたんだから、これで良かったと思える医療を最後まで提供していきたいね。そんな共感があれば、命を救えなかった後にも心が救われる時が来るんだと思う。移植医療もそうでしょ。移植が成功しても人間はいつか必ず死ぬ時が来る。だからこそ医療の中に、僕はいつも『共感』を共有できるようにしたいと思っています。

雁瀬
移植医療が多くの人の共感を得る時はくるでしょうか。

鎌田
20世紀後半の医学の目覚しい進歩は、臓器や細胞を見る習慣をつけてしまったけど、もう一度原点に戻って、丸ごとの一人の人間と治ること、そしてその人が一緒に生活している家族や地域を見ることに心を注いで欲しいなあ。死が避けられない状態になると、多くの病院は興味を失って冷ややかになります。ここで、脳死での臓器提供の意思が伝わってくると、病院やスタッフが急に親切になるような落差があっては信用されないのです。まず、日常の医療が温かくて丁寧で信頼できるものになってくれれば、少し遠回りかもしれないけど、納得してから移植医療も受け入れられると思うよ。でも、命はその人のもの。患者さんが自己決定できる環境と人生観に合った医療を提供できるように、まず自分達ができることから取り組みましょうよ。

雁瀬
医療に対する信頼感を回復すること、命に対する自己決定を尊重すること、それぞれの立場で全力を尽くすこと・・・鎌田先生の作る地域医療の在り方に変わりはないと思います。人に優しい温かで丁寧な医療に向けて、共に歩んでいきたいと思います。ありがとうございました。
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鎌田 實(かまた みのる)
 1948年東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業の後、長野県の諏訪中央病院にて地域医療に携わる。88年、院長就任。「住民とともにつくる医療」を実践しており、地域医療のモデル病院として、利用者、視察者が絶えない。また、チェルノブイリの救護活動に参加し、94年、その活動で『信濃毎日新聞』賞受賞。2000年ベラルーシ共和国ゴメリ州知事の表賞を受けた。
 著書に『がんばらない』『医療がやさしさをとりもどすとき』『インフォームドチョイス-成熟した死の選択』『ホスピス最後の輝きのために』などがある。

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