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[特集]子供たちとともに
 移植を受けに海外に渡った友達が移植を待ちながら亡くなりました。家族も友達もとても悲しみましたが、その悲しみをこれからの日本の子供たちへの希望につなげたいと、みんなで立ち上がりました。小学生や中学生が中心となって開かれた「子供移植サミット」では、歌や踊り、作文や質問で自分たちの気持ちを表現しました。
 私は、今受験をするためにいっしょうけんめい勉強をしています。とてもむずかしいし、勉強は大きらいです。でもしょうらいのゆめがあるから、がんばることができます。学校とかじゅくの友だちはみんな10才ですがきちんと自分の意志でやっています。やだったらにげちゃうと思います。大人は勉強の問題をやたらむずかしくして、考える力をつけさせようとするのに、かんじんなことになると、子どものくせにとか意志をみとめないとか言います。外国の子どもだって、日本の子どもだって同じように生まれたわけだし、目の色とか、かみの毛の色とか、言葉のちがいとか、それ以外、何もかわりません。学校や町のぼ金とか、恵まれない人にぼ金をとか、病気の人やおとしよりは大切にとか教えられて自分の意志でお年玉とかから、ぼ金をします。

  でも、ぞうきいしょくのことは、15才にならないと意志をみとめてもらえないというのはおかしいと思います。日本の子どもと外国の子どものちがいは他にあるんですか?

  なぜ、同じ子どもなのに、外国は子どもの意志をみとめて、日本はだめなんですか?

  また、なぜ15才なんですか?

  体の大きさならば、今は小学生だって大人の大きさぐらいの子もたくさんいるし、精神的なことだったら、15才以下だって人のいのちの大切さを知っています。私はぞうきいしょくのことはよくわからないけれど、家族で話し合って子どもがきちんと理解をしていればいいと思います。
 日本のびょういんからロサンゼルスのびょういんUCLAのおもいびょうきにかかってしまっている人が入るPICUにつくまでぼくたちは「ゆうき」の顔を見ることができませんでした。日本の空こうでぼくは、「ないていました」。とうぜん「ゆうき」がかわいそうでたまらなかったからです。ひこうきの中で、ふとよこを見てみると、「みどり」色のカーテンがはってあるのにきづきました。すぐに「ゆうき」だとわかりました。「くるしいだろうなーゆうき」と思って、かわいそうで、かなしくなってしまいました。しばらく、ねたりおきたりして、何時間かたったと思いました。そしてまたねて、おきた時には、もうロサンゼルスについていました。

  ひこうきの中で、がいこく人の人が、おとうさんと英語ではなしていました。にゅう国てつづきをしてたそうです。ホテルににもつをおき、UCLAにいきました。そこで、日本のびょういんから一度もあっていない「ゆうき」にあいました。PICUに「ゆうき」はいました。ゆうきには人工こきゅうきがとりつけられていました。それから、1しゅうかんぐらいたちました。「ゆうき」は人工こきゅうきをはずされてました。ぼくたちも、アパートをかりていました。それから、UCLAのPICUにかよいつづけていました。「ゆうき」は、すい分せいげんをされていたので、お水がほしい、お水がほしい、といっていました。ぼくは「ゆうき」に水をあげたくなってたまりませんでした。「ゆうき」といっしょにあそんだら「ゆうき」はわらってくれました。PICUにいるころは、そうやってあそぶことができました。その20日間は手でおもちゃやぬいぐるみをさわって、ぼくたちとあそべました。「ゆうき」のじょうたいがわるくなり、ICUにうつると「ゆうき」はそんなこともできなくなりました。ぼくとりょうまが、デビルマンのうたをうたうと「ゆうき」は口をうごかしたりしてくれました。ぼくは、「ゆうき」がいっしょにうたっているんだろうなー、と思いました。ICUにうつって、9日ごぐらいに「ゆうき」の心ぞうがとまってしまいました。「ゆうき」のたいちょうがわるくなりつづけていたからです。それから「ゆうき」にエクモとゆう大きなきかいをとりつけていました。それから、どんどんどんどん「ゆうき」のはだの色が黒色にかわっていきました。こんなになるほどびょうじょうがわるいんだなーと、思いました。

それから、ぼくたちは、アパートからUCLAにあるいてかよいつづけても「ゆうき」のびょうじょうは、わるくなっていきました。そしてついにほかのぞうきにも、しょうがいがでてしまいました。それから、何日ごかに、ぼくとりょうまとおばあちゃんがUCLAのまちあいしつでまっていると、目になみだをうかばしながら、ぼくのおとうさんがぼくたちの所へやってきて、いいました。「ちょっとこっちへきて」とそういいました。ぼくたちはゆうとうりにおとうさんのあとについていきました。ついた所は、ICU(ゆうきがいる所)のまちあいしつでした。中には、ないているおかあさんとドクターがひとりいました。ぼくたちが、まちあいしつのいすにすわるとおとうさんが「ゆうきがしんじゃった」といいました。ぼくは口からことばもでず、ただなくばかりでした。それから日本にきこくして、「ゆうき」のしを、むだにしないようにがんばっています。「ゆうき」は、アメリカでうまれたらたすかっていたかもしれません。
Q: なんで15歳未満の意思は認めてくれないの?
A: 子供は、大人に比べて脳に障害を受けても回復力が強く、呼吸や内臓のコントロールをしている脳幹を含めた全脳死を確かめるのも難しいのです。ですから、6歳以上では6時間おいて2回行う脳死判定を、6歳未満では24時間以上おいて行う検討がされています。今はまだ子供たちが脳死で臓器を提供するシステムができていませんが、15歳以上という年齢制限もやがて欧米のようになる可能性があるといえますね。
(横浜市西区医師会副会長 森山 昌樹先生)
A: 15歳未満の子供達にはわからないと思っているんではないんですよ。日本では、15歳以上の人が臓器を提供したいとカードに書きとめておいても、実際その時に家族が反対したら臓器提供はできないんです。だから、年齢に関係なく、家族や友達と話し合ったり自分の気持ちをよく伝えたりしておくことがとても大切なんですよ。きっと、みんな理解してくれるからね。
(国立小児病院 麻酔・集中治療科 阪井 裕一先生)
A: 日本では、脳死での臓器移植は始まったばかりです。まず、法律で約束したことに従ってやってみて、3年後に見直すことになっているんです。それが今年の秋。今日、みなさんの気持ちを聞いてとても勉強になりました。私たち国会議員が子供達の意思をよく理解して実現できる社会を作っていきたいと思っています。
(衆議院議員 武山 百合子)
A: 自分が死んだときや死んだあとのことについて希望を書いて家族に知らせておく方法に「遺言」があります。死後の「臓器提供」について意思表示カードに記入した意思も、その遺言が可能な年齢を参考にして「15歳以上」が有効とされています。ただし、心臓停止後の臓器提供については、カードに書いていなくても家族が決めることができるので、自分の考えを伝えておきましょうね。
(日本臓器移植ネットワーク 広報委員 雁瀬美佐)
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移植を受けた子供と家族
移植が必要な子供たち-布田伸一
移植と取り組む子供たち-有村大知・高木雅代
移植を学ぶ子供たち-曽根若菜

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