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[特集]第12回世界移植者スポーツ大会 IN ハンガリー




 小学校の頃から慢性糸球体腎炎で通院していたのですが、高校くらいから病院に行くのが面倒になってきて勝手に自分で行かなくなってしまいました。大学に入学してからはちょっと羽目を外したこともあり、腎不全特有の吐き気、嘔吐、激しい頭痛、口臭などが現れ、病院にしぶしぶ行ったときには「透析導入」で即入院。その後、腹膜透析(CAPD)を6年半,血液透析を1年半続けました。透析をしている時は、時間や生活のいろいろな面で制約されたことや就職活動の採用面接のとき「あなたみたいな(透析している)人は企業ではまず採用しないよ」とはっきりといわれたことが、たいへん辛いこととして思い出されます。 透析していた頃に何度か入院したことがあり、その病室に移植した人がいたので、いろいろお話をする機会がありました。そして“いつかは自分も移植したい”と思うようになったのです。ただし、私は透析が安定していたので、生体腎移植は考えず10年は透析で頑張ろうと思っていました。ですから、透析8年目に移植の知らせがきたことには驚きがありました。

ある日の夜11時過ぎ。主治医から「移植対象候補に上がっている」との電話を頂きました。そのときから「移植するんだ」ということで何の迷いもありませんでした。移植することを決意してからの私の不安は、移植手術そのものより移植のためにずっと通っていた県立中部病院から琉球大病院へ転院しなくてはいけないことでした。患者としては今まで診ていただいた先生の元で手術をしてほしかったのですが沖縄県の場合、献腎移植に関してはレシピエントが移植病院を選ぶことができなかったのです。贅沢な悩みだったのかもしれませんが、信頼していた先生の元を離れ、新しい先生と新たな信頼関係を結ぶのは、その時の私にとってはストレスでした。

移植手術が始まるまで「私に腎臓を提供してくれるドナーの方はどのようにして亡くなられたのだろうか。ご家族はどんな気持ちなのだろうか。透析に入って10年にも満たない私がこんなに早く移植することになっていいのだろうか。(長期透析をしている友人もいるのに…。)レシピエントが私で本当によかったのだろうか…。」などと考えました。移植手術が成功するか否かなど考える余裕はありませんでした。
移植後は、朝起きてから寝るまでの生活の全てが改善されました。頭はすっきりしているし口の中も乾いていない。飲み物食べ物もなんでもOK!夜中にかゆさのあまり起きることもなくなりました。そして何よりも前向きに物事を考えることができるようになりました。将来に対して夢を抱くことができるようになったのです。主人と知り合えたのも移植をしたのがきっかけですし、「結婚」なんて以前は考えもしませんでした。移植がわたしの人生を変えたのです。スポーツを始めるようになったのも移植後です。スポーツと言っても卓球・テニス・バドミントンくらいなのですが、移植前の私からすると考えられないことです。私の腎臓の持ち主はスポーツマンだったのではないかと思えるほどに自分が変わったように思えます。本当に感謝しています。


 移植手術半年後に船橋で行われた日本移植者スポーツ大会に初めて参加しました。日本各地から移植者が集まりスポーツを通して交流を持てたことにすごく感激しました。そのときに現在卓球でダブルスを組んでいる水谷さんと知り合い、彼女から世界移植者スポーツ大会のことを耳にしたのです。その時はまだ「世界かぁ。私にはどうかなぁ。」くらいにしか思えませんでした。ところが、次の愛媛で行われた日本大会の時、マンチェスターでの世界移植者スポーツ大会のビデオを見て、目から鱗が落ちてしまいました。片足が義足で卓球をしているおじさんがいるのでした。しかも非常に上手なのです。「私も絶対参加する。世界の移植者の仲間と友だちになるんだ!!」あの時のビデオの感動は今でも忘れません。
世界大会への初参加は前回のシドニーでした。新婚旅行をかねての参加だったのですが新婚気分どころではありませんでした。なにせ毎朝5時起床なんて、考えてもみませんでしたから。合宿の様な気分でしたが、全てが新鮮でとにかく楽しい毎日でした。夕食は各国の選手全員が同じところで食事をしたので「とにかく外国の友人を作ろう」というのが目標だった私と主人は、いろんな国の人たちと食事をしました。英語もしゃべれないのによくやったものです。おかげで何人かの友人ができ、ハンガリーで再会できたときは「お互い元気だったんだ」という想いもあってとても嬉しかったです。
成績の方は水谷さんと組んだ卓球のダブルスで銅メダル。各国の人みんなすごく真剣で、しかも信じられないくらいに上手なのです。「ああ私は何してたんだ。スポーツができる身体を頂いたんだ。出場するからには真剣に頑張らないといけないんだ」外国選手や日本チームのみんなの試合をみて自分がいかに甘かったのかを感じました。今の私にはやろうと思えば何だってできる健康な腎臓があるんだ…移植のすばらしさを改めて感じさせられたのを覚えています。

そして、今回のブダペスト大会。「うそー金メダル?私と典ゃんが金メダル!!」これが試合に勝ったときの最初の気持ちでした。だけど、スポーツで一番になったことなんてなかった私がこんな大きな大会でメダルをとることができたなんて。私の元気な腎臓に感謝します。ありがとう。
世界大会に参加して特に感じることは、外国の移植者はとにかくポジティブだということです。日本大会ではこれほどまで真剣にスポーツをしたら身体に悪いのではないかとおびえている人もいるのですが、世界では「健康である今をいかに充実させようか」という感じが伝わってくるのです。移植者でも健康状態は千差万別。スポーツすることが必ず良いこととは言い切れないのですが、「今できることは何でもチャレンジする」という気持ちに世界大会はさせてくれるのです。


 今年に入りいきなり世界移植者スポーツ大会の開催地がオランダからハンガリーに変更になり、前回のシドニーに比べると参加者の数が半分くらいだったのはとても残念でしたが、開催できたこと、そしてハンガリーの皆さんに感謝しています。ただ、今大会で特に残念に思ったことがあるのです。シドニーの時に比較して、とてもナショナリズムの強く感じる大会だったことです。私が金メダルを頂いた時、国旗掲揚と共に国歌が流れてきてとても感動しました。その時は本当に嬉しかったのですが、帰国してから「私は国のために頑張ったのだろうか」と考えてしまったのです。自分のためなんです。私は健康な普通の人の2倍の幸せを私の腎臓と共に味わいたいと思ったから、世界大会に参加する気持ちになったはず。ちょっと違うんじゃないか…。神戸大会では、個々の選手が自分の目標のために頑張れるような大会にしていけたらなぁと思いました。
そして、シドニー大会の時のようにドナーファミリーの方にも参加していただいて、家族の方々に感謝の意を示すようなセレモニーなどを持っていただきたいと思いました。今の自分がこうして元気でいるのは、ドナーあってのことですし、移植はドナーとその家族の方々の善意と愛情の上で成り立っているもの。その彼らに哀悼と感謝の意を表したいのです。前号のNew TRANSPLANTを見て、ますますドナーファミリーのことを思ってしまいました。私に腎臓を提供してくださったドナーの家族のことを考えました。私はあなたたちのことを忘れていないよと叫びたくなりました。
神戸大会は移植の素晴らしさを伝えられる、優しい大会になることを期待します。

移植者である主人と共に
実は、主人も腎臓移植者です。主人はお母さんから、私は亡くなられた方からの腎臓の提供があり、移植をすることができました。私と主人が知り合ったのは移植患者の勉強会でした。その時隣の席に座っていたのが主人だったのです。考えてみると妙な縁でした。
そんな主人とも結婚して早3年が経とうとしています。今までのところ、お互い健康です。今こうして好きなことを何でもやれるのは、やはり主人のおかげです。彼の支えがあったからこそ世界大会に行くこともできましたし、メダルを取ることもできました。次の神戸大会では主人と一緒にテニスでミックスダブルスに参加できるような種目ができたらなと思っています。いつまでもふたりで仲良く元気でいられるように、精一杯生きていきたいです。それが主人のお母さまと私に腎臓を提供してくださったドナーとその家族の方に恩返しできる唯一の方法だと思っています。


 実は、主人も腎臓移植者です。主人はお母さんから、私は亡くなられた方からの腎臓の提供があり、移植をすることができました。私と主人が知り合ったのは移植患者の勉強会でした。その時隣の席に座っていたのが主人だったのです。考えてみると妙な縁でした。

そんな主人とも結婚して早3年が経とうとしています。今までのところ、お互い健康です。今こうして好きなことを何でもやれるのは、やはり主人のおかげです。彼の支えがあったからこそ世界大会に行くこともできましたし、メダルを取ることもできました。次の神戸大会では主人と一緒にテニスでミックスダブルスに参加できるような種目ができたらなと思っています。いつまでもふたりで仲良く元気でいられるように、精一杯生きていきたいです。それが主人のお母さまと私に腎臓を提供してくださったドナーとその家族の方に恩返しできる唯一の方法だと思っています。
 今大会で2回目の参加となりますが、世界大会で新たな感動を得ることができました。
それは、前回の大会で知り合った世界の仲間との再会です。「今回も元気で会えたネ。」何げない会話に心が熱くなります。移植というただ一つの共通点で、人種、文化の違う人間が親しくなれる。とても素晴らしいことだと思います。

私は今回、テニスと砲丸投げに挑戦しました。大会に向け、週4回のテニス、毎日、鉄アレイ(片方10kg)でのハードトレーニングの成果を期待しましたが、世界の壁は厚かったです。砲丸投げの応援に来てくれた木村春江さんの「2年前と同じ記録というのは、素晴らしいことじゃない」の一言が妙に悲しく思えました。大会を通しての全体的印象として、何か足りないものがあるような気がします。参加経験が浅いので具体的には言えませんが、強いてあげれば、移植者スポーツ大会と普通のスポーツ大会の違いがあまり感じられなかったことでしょうか。
みどりさん、金1、銅1個のメダル獲得おめでとう。年少の頃から腎臓が悪く、運動を制限されていたあなたが、腎移植4年目に世界の表舞台で大活躍できるとは、僕自身思ってもみませんでした。それに比べ、今大会に向けて日々努力してきた僕は、ノーメダル、1回戦ボーイです。世界の仲間に祝福され、表彰台に立つチビのあなたが大きく見えました。
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第12回世界移植者スポーツ大会INハンガリー
世界移植者スポーツ大会同行ルポ
初参加の感動・メダル獲得の喜び〜メッセージ〜
人生を変えた移植〜結婚そしてスポーツ〜 栽みどり(献腎移植)
移植者スポーツ大会で広がる世界 藤本朋子(生体腎移植)〜
世界移植者スポーツ大会の歩みと移植者の絆 浅野悦代(生体腎移植)

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