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[特集]第12回世界移植者スポーツ大会 IN ハンガリー
 初めて参加した世界移植者スポーツ大会。開会式では、万国旗がなびき、ユニホームはカラフルで、常連は国を越えて握手を交わし抱擁しています。写真を撮ろうと笑みを浮かべて近づいてきて、肩に手をやり交互にシャッターを押したり、バッチを交換しています。行進はなかなか始まりませんが、飽きない時間でした。日本は、次回開催国として中央で紹介されました。翌日から競技の火蓋が切って落とされましたが、移植者と見まがう人、後遺症を抱えながら懸命に競技する選手に惜しみない声援が贈られ、大会は見事に盛り上がりました。金銀銅7個のメダルを獲得した日本選手の活躍は賞賛に値し、自らも銅メダルを得られた感動は生涯忘れられません。閉会式のセレモニーの弾けるようなダンスは目に焼き付き、強烈なビートは耳に残り、2001年神戸大会まで鳴り止むことはないでしょう。選手として感動を下さった方、運営された方々に心から感謝を申し上げます。
 世界大会の感動は、参加した人達から聞いていたので、自分でも体験してみたいと思い、今回初めて参加をしました。また、初めての海外旅行でもありました。参加者の方々に助けられて、有意義に過ごすことができ、感謝しています。私のエントリーできるスポーツが無く、出場種目をボーリングの原型のようなスキットゥルにしました。参加して一番に感じたことは、初めての参加でも非常に親近感があること、お互い言葉が判らなくても「ハーイ!」の一言で通じる感情です。それぞれが共有するものがあるとすれば、それは2年に1回のこの大会に参加できる健康への感謝に気持ち、そして記録への執念とスポーツを満喫できる喜びを各自が謳歌する姿勢です。しかし、その側面に健康への不安が見え隠れするように思えました。ファイナルでは、2001年神戸での再会を誓い、いろいろな課題を見つけて帰国できました。Koszonom(ありがとう)
 「今度の世界大会、一緒に参加しよう。」国内でのスポーツ大会を通じて知り合った友人からの誘いで、初めて参加を決意しました。日頃あまり運動をしていないので、恥をかくのではないかと、不安ばかりがよぎりましたが、実際に参加してみると、実力を発揮してメダルを獲得している選手もいますが、それ以上に参加者同士の交流、そしてなによりも臓器移植の推進に役立つのが本来の目的なんだと気付きました。健康を取り戻した移植者が健常者とほとんど変わりのない競技に挑戦し、競い合い、お互いの健闘を称え合う姿は感動的で「素晴らしい大会」でした。ホテルの設備や毎日同じ昼食、通訳がいないことなど不便もありましたが、新たな友人もでき、今後もできる限り参加していきたいと思いました。2年後の神戸大会の成功を祈っています。最後に、大会の運営に関わられた多くの方、2週間の休みを許可してくださった職場の方々にお礼を申し上げます。
 今回初めて参加しました。少し前まで風邪をひいていたので、体力が心配でしたが「行って良かったー」と思っています。2年前の国内大会で周りの人達に「観て応援するだけでいいから世界大会にも参加して見て」と言われました。(誘った本人は今回参加していませんでした。)興味はありましたが、海外じゃ無理だなーって。でも、近々日本でも開催するかもしれないって聞いていたので、その時に参加しようと思っていたのですが…。ヨーロッパには一度行ってみたかったので、参加しました。スキットゥルと3km競歩に参加して気持ちいい汗を流せました。両親が見ていたら、やめなさいと言ったかもしれませんがやり遂げて自信に繋がりました。家に帰ってから、家族にそして友達に「この大会に参加して本当に良かったー!!」って連発し、「2年後に神戸で開催するから応援しに来てよー」と宣伝しています。
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 8年間の透析生活から腎移植を受けて2年目、初めて世界大会に参加しました。元々スポーツは好きでしたので、退院して間も無くスポーツクラブに入り、水泳を始めました。今では水泳は私の生活の一部です。1500m走は学生時代にやっていたので、急遽3ヶ月の練習で臨みました。結果は、ともにベテランの部で入賞を果たし、満足のいくものでした。この大会で感じたことは、世界のレベルの高さでした。日本は、お家芸の卓球では毎回好成績を挙げていますが、それ以外は世界の移植先進国のレベルに及びません。その理由は、ひとつはスポーツの国民的普及の度合いと、もうひとつは移植者数の絶対的な違い、移植の普及の差なのだと思います。移植先進国では大会のための国内予選があり、それをパスするのが大変と聞きます。日本でも早く国内予選が開けるようになりたいものです。ともあれ、抜けるような青空の下、世界レベルの移植者達と最高の競技場でプレーできたことは、言葉に言い表せない喜びです。
 私は、今回で4回目の参加でしたが、毎回多くの感動に出会い、そして多くのことを感じ学ばせてもらいます。その中で特に気に入っているのは『人間』というものを見せてもらえることです。いつも、日本で生活していると、日本人特有のものの考え方や習慣、国内の医療制度や社会での自分しか知ることができません。移植前の私は、スポーツとは全く無縁でしたし、移植後も移植者の枠組みに入れられているような気がして小さくなっていました。大会参加をきっかけに、いろいろな国の人と出会い、国や言葉が違っても『移植を受けている』という共通点があり、それは何だかとても温かく、心強く、そして広く大きく感じて、人は希望や未知の可能性をたくさん秘めていることに気が付いたのです。これは私にとって、大きな励み、力となっています。今回は、栽みどりさんと組んだ卓球ダブルスで金メダルを頂くことができました。表彰台の上で「スポーツやメダルとは無縁だった私が日の丸の旗を眺めているとは、なんと不思議な光景なんだろう」と思いました。世界移植者スポーツ大会には、生きていることや運命の不思議さ、そしてここに書ききれないほど多くの感動が詰まっています。2001年の神戸大会ではひとりでも多くの方がこの素晴らしい感動に出会えますように願っています。そして、私にたくさんのパワーを与えてくださった方々、ありがとうございました。
 世界移植者スポーツ大会は今回で2回目の参加です。初めて参加したのは4年前のマンチェスター大会で、移植手術を受けてから2年を迎えた年でした。まだ、体力的にも精神的にも不安な状態の中で3kmマラソンに出場しました。完走できたこと、参加者の生き生きとした姿、競技会場でのあふれる熱気に感動し、今まで自分自身の中で大きな悩みだったことが小さなことに思えて、考え方や生き方が大きく変わりました。2年前のシドニー大会には体調が悪くて参加できず、辛い思いをしたこともあり、ハンガリー大会をとても楽しみにしていました。今回は、学生時代に経験のある卓球に出場し、決勝戦まで進むことができました。対戦国は韓国で、前回の優勝者です。決勝戦ともなると、観戦する人も多く、相手選手の緊張感、気迫が伝わってきます。結局、負けてしまいましたが、銀メダルを頂きました。表彰台に上り、スポーツができる喜び、選手との再会の喜び、発病、移植を受けた時から現在までのいろいろなことが頭の中を駆け巡り、込み上げてくるものがありました。このスポーツ大会は、交流だけでなく移植を受けて社会復帰をさせていただいている感謝を再認識する者同士の喜びを表現できる場でもあると感じました。この感激を今後移植を受ける人、また受けた人や一般の方々に伝えていきたいと思います。部屋に飾ってあるメダルを見るたびに強く生きようという勇気が湧いてきます。
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 今回は、シドニー大会に次いで2回目の参加になり、まずは提供していただいた腎臓さんに感謝、感謝から始まりました。2年前の大会での世界の友との再会に胸をわくわくさせて、いざ出発。途中、フランクフルトで乗り換え12時間余りでハンガリーの首都ブタペストに到着し、薄暗い町並みをバスでホテルへ移動しました。エントリー種目に対してトレーニングを行っていないので、自分の惨めな姿が目に浮かびましたが、来たからには精一杯頑張ろうと覚悟を決めました。それが良かったのか、世界の友達にも再会でき、前半はお気軽に市内観光を満喫しました。競技当日、やはり気持ちの揺れがあり、出たくない、泳げない、棄権したいと思いながらも、皆さんの激励と応援に一喜一憂しながら出場した結果、恥ずかしいながらも完泳し、銅メダルを頂くことができました。次回2年後の神戸大会に向けてもっとトレーニングしようと思います。
 カナダ、イギリス、オーストラリア、ハンガリーと今回で4回目の参加です。今回、テニスダブルスで運良く銅メダルを取ることができました。週に1度練習していたので十分だと思っていたのですが、外国の選手はとても上手で、もっと練習をしなければと実感しました。試合中、厳しい顔つきだった対戦相手も試合が終ればすぐに友達になれ、参加して本当に良かったと思いました。今大会は開会式が長く、途中座り込んでいる人もいました。その後の立食パーティーもお皿や料理が少なすぎ、思うように食べられませんでした。昼食はいつも同じで、最後は食べる気になりませんでした。しかし、閉会式は感動的で、参加できたことの喜びがこみ上げてきました。バンクーバー大会の時4歳だった息子も11歳になりました。皆さんに親切にしてもらったり、いろいろな国の人と接することができ、息子にとっても本当に良い体験になっています。しかし、大会に参加するためには、多額のお金と時間、英語を話す勇気、体力、結果を出したいと思えば練習も必要になります。その条件をクリアして参加すれば、皆同じ病気を体験したこともあってか、多少言葉が通じなくても友達がたくさんできます。移植を受け、こんなに健康になれたことをアピールすることが私の使命だと思い、これからも可能な限り大会に参加していこうと思っています。
 今回で3回目の参加。6年前のカナダ大会に初めて参加した私は、あの時「移植して良かった。これからの私の生きがいはこれだ!」と感じたものでした。何人かの外国の方との文通友達もできて、とても楽しみにしていました。しかし、今回は今までとは違い、もうすぐ3歳になる娘、優香と一緒の参加です。ハンガリーへの長旅はもちろん、ハンガリーは英語ではなくマジョリ語というのも「なにかあったら…。」と、とても不安でした。けれど、飛行機では別のツアーのおばさま方に、大会中は日本チームの方々にすっかりなつき、いろいろな国のおじいさん、おばあさんに声をかけられどおしで、娘もすっかり楽しくなったようでした。大会では、テニスのダブルスでイタリアチームに敗退したものの3位となり、銅メダルを頂きました。とっても素敵なメダルでとても嬉しく思っています。また、水泳では予選は通過しましたが、決勝では6位。日本チームの出場者も応援も多く、今までで一番楽しく参加できました。今回は、仕事の都合により途中での帰国となりましたが、私達親子にとって、様々な方の力を借りながら、楽しい経験をさせていただきました。この場を借りてお礼を言わせていただきます。次回の神戸大会では、私達が感じたこの喜び、楽しさを一人でも多くの方に参加していただいて、ともに感じたいと願っております。
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第12回世界移植者スポーツ大会INハンガリー
世界移植者スポーツ大会同行ルポ
初参加の感動・メダル獲得の喜び〜メッセージ〜
人生を変えた移植〜結婚そしてスポーツ〜 栽みどり(献腎移植)
移植者スポーツ大会で広がる世界 藤本朋子(生体腎移植)〜
世界移植者スポーツ大会の歩みと移植者の絆 浅野悦代(生体腎移植)

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