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一刻を争う救急医療。先進国に比べて医師の数や搬送システムなどが十分でないと言われる日本の救急現場に脳死での臓器提供の役目も加わった。臓器提供施設に指定されている病院に混乱はあるのだろうか。献腎に携わって十数年、阪神・淡路大震災を経験し、今年1月のコロンビア地震の救援活動にも参加した吉永先生に救急医療と臓器提供についてお話を伺った。
患者さんの意思を生かす体制作り
意思の確認は救急医の役目
コーディネーターに望むこと
震災を経験して
患者さんの意思を生かす体制作り

雁瀬
『臓器移植法』が施行されてから1年4ヶ月で法に基づく初めての脳死からの臓器提供が行われ、その後4ヶ月の間にさらに3例の提供がありました。マスコミの報道は少しずつ沈静化してきているように見えますが、臓器提供施設には大変なご苦労があるように映ります。兵庫医大ではどのように受け止められているのでしょうか。

吉永
今までも心停止後の腎提供(献腎)を行っていましたから、脳死での臓器提供の可能性があるようになったからといって、それほど混乱はありません。が緊張感はありますね。法施行後、救急部で集って脳死での臓器提供に関する業務内容と担当を明確にしたものを作りましたから十分対応できる体制はできていると思っています。しかし、報道を見る限りしばらくは『マスコミの対応』が大変そうだという印象があります。救急部だけではなく病院全体の体制をもう少し細かく整えておいた方がいいなという感じです。

雁瀬
移植医療は本当に多くの方々の協力が必要です。特に臓器提供施設では、倫理委員会も含めて病院全体の取り組が求められますし、警察や自治体への報告など外部の組織との連携も必要です。その体制の整備はまだ病院によってまちまちなのが現状です。

吉永
そうですね。ただ、すでに一般の方々が臓器を提供したいという意思を表示できるシステムにしたわけですから、その意思を生かすことができるようにしておくことも提供施設としての役割と考えて取り組まないといけないでしょう。

雁瀬
先日、ある大病院の倫理委員会の先生が「私は脳死を認めない。脳死での臓器提供にも協力できない」と発表されていました。病院で行われる医療が適切であるかどうかを判断する倫理委員会でこのような意見があった場合、その病院の姿勢に大きく影響するのではないですか。

吉永
今は、救急医の多くは『脳死は人の死』と考えているようですが、脳死を人の死として認めていない医師もいるので、病院の中で臓器提供の体制を作り上げるのは多くの時間と理解が必要なところもあるでしょう。しかし、臓器提供は、患者さんの権利です。医師個人の意見と病院の姿勢とはきちんと分けなくてはいけません。懸命な救命医療を施した結果脳死になられた患者さんが臓器提供の意思があった場合に、病院側の体制不備でその意思が生かせないようなことがあれば、そのほうが問題となるかもしれませんね。患者さんとそのご家族の意思を大切に受け止める体制作りが必要です。
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意思の確認は救急医の役目

雁瀬
兵庫医大では心停止後の腎提供をすでに36例(99年7月末)経験されていますが、最初はご苦労があったのではないですか。

吉永
何でも始めるということは大変です。兵庫医大の泌尿器科で腎移植を開始したのがきっかけで、‘84年2月から救急部でも脳死になられた患者さんのご家族に「心停止後に腎臓を提供することができますがどうしますか」と聞くようにしました。しかし実際には、どうやって切り出したらいいのか、難しいと感じました。脳死といっても人工呼吸器や薬によって循環は保たれていますし、今のように脳死の概念が一般に語られていなかった頃です。心臓が停止する前に亡くなった時の話をしなくてはいけないんですから、酷だなとも思いました。ですが、選択肢がありながらそれを伝えないのも片手落ちなんです。今は、『臓器提供意思表示カード』がありますから、「カードを持っていますか」と聞くだけでもいいですね。もっと話しやすい状況になったと思います。

雁瀬
患者さんのご家族に心臓が停止した時の腎提供の話をされてきて、辛かったり困られたことなどがありますか。

吉永
私が担当した患者さんで、臓器提供に対する自分自身の姿勢を決定付けた事例があります(表)。自殺を図った12歳の男の子が、救急部に運ばれてから1週間後に脳死となり、ご家族にその旨を告げました。その頃は移植コーディネーターという立場の人がいなかったので、私から今後の治療の相談と心臓停止後の腎提供の話をしたのですが、ご両親の意見がまとまらず、結局父親が断りに来られました。その時「すみません」と、おっしゃったんです。お世話になった主治医へのお礼のつもりで腎提供を考えられたのだと思いますが、結果的にプレッシャーを与えてしまったのではないかと申し訳なく感じました。

雁瀬
最期には、治療に当たってくれた先生方や他の患者さんのためにも何か役に立てばと思われたのでしょうね。

吉永
この時、『救急医は臓器提供に踏み込んではいけない。あくまでもご家族の意思の確認に徹しなければ』と決めました。それからは、移植の説明はしていません。あくまでもご家族の意思の確認をすることにしたのですが、それで良かったと思います。患者さんの側からすれば医師から伝えられたことに対しては断りにくいものがあるんです。

雁瀬
現在はどのようにお話をされるのですか。

吉永
もちろん命を救うことが使命ですが、できる限りの救命治療をしても改善がみられず、脳死と思われる状態になったら、竹内基準の脳死判定とABR(聴性脳幹反応)を24時間以上おいて2回します。その結果脳死と判定された場合にその旨をご家族にお伝えします。脳死となったら回復の見込みがないこと、人工呼吸器を付けていても近い将来に心停止を迎えることを説明し、心停止までの治療方針の選択肢すなわち、積極的に薬剤などを追加していくか、追加せずに経過に任せるか、極端には人工呼吸器を止めるか、家族に相談します。と同時に心停止になったときに腎臓の提供をすることができることを心停止前にお伝えする必要性とともにお話します。現在は、意思表示カードを持っておられる可能性があるので、その確認をします。

雁瀬
カードを持っていても持っていなくてもすべての選択肢をお伝えするのですね。

吉永
もちろんです。事実を告げ、本人がどうしたいと思っていたか、家族がどうしたいかを確認することは救急医の役目です。むしろ、救急医にしかできないことです。もし、臓器提供の意思があり、ご家族もその話を聞きたいということであれば移植コーディネーターに伝えて、ご家族にお話してもらいます。また、臓器提供をする場合には、何か特別な治療を追加するのではという疑問があるようですが、臓器の機能を保つ目標値は通常の集中治療のそれと変わりません。原則的、特別な治療を追加することはありません。

雁瀬
救急医が他の患者さんのために臓器提供の選択肢を提示することは感覚的になじめないという声もありますが…。

吉永
臓器の提供のために選択肢を提示しているのではありません。もともと救急医で臓器提供の話をしてきた人は少ないでしょうから、抵抗があるのかもしれませんが、移植のためではなく、患者さんの意思、ご家族の意思を確認することが大切なんです。患者さん側の権利として持ち得る選択肢を提供しないことは、医療上の十分な説明をしていないことにもなります。意思を確認しなかったことによって患者さん側に不利が生じることさえあるのです。

雁瀬
ええ。新聞の投稿欄で見たことがあるのですが、「数年前、家族が他界した時に臓器提供ができることを知っていたら、どこかで生きているという気持ちを支えにできたのに…。」と悔やまれていました。

吉永
日本では臓器提供をしたくないという権利は守られてきましたが、臓器を提供したいという権利が不安定でした。その権利は守ってあげたいと思っています。脳死での臓器移植が大きく取り上げられて、その受け止め方が少し混乱しているようにも見えますが、あくまでも患者さんの意思、ご家族の意思を確認することが大切であるということを理解して欲しいですね。その点、今は意思表示カードがありますから、カードが普及することは意思を確認するのに非常に役立ちます。もちろん、提供しないことの確認にも意味があるのですから。
(表)腎提供に関する経過(12歳、男性)
19:50頃 ドアにひもをかけて首をつっているところを発見
20:15 心肺停止の状態で搬入
20:20 心拍再開
20:25 けいれん多発、瞳孔2.0/2.0(+/+)
17:00 瞳孔4.5/4.5(-/-)
 3:30 突然の血圧低下 100/50 → 65/40
瞳孔5.0/5.0(-/-)
脳死判定(1回目)
脳死判定(2回目)
両親へ腎提供について説明
血圧変動
夕方、父親より「母親が反対している。メスを入れるのはかわいそう。もう少し話し合う」との返事。
父親は提供に賛成で、母親を説得しているが、話はまとまらない様子。
血圧低下 100/50 → 70/50
最終的に提供しないことを確認。
死亡
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コーディネーターに望むこと

雁瀬
臓器提供の意思が確認され、ご家族が話を聞きたいと申し出られると、移植コーディネーターが呼ばれます。コーディネーターに望むことがあれば教えてください。

吉永
兵庫医大には、県のコーディネーターも兼任する看護婦がいます。彼女と臓器移植ネットワーク近畿ブロックのコーディネーターとが連携しており、とてもたいへんな業務を良くこなしていると感じています。コーディネーターがいない病院がほとんどでしょうから、そのような提供施設の救急医とは日頃からコンタクトをとっておくことがいいと思います。臓器提供に関わることを相談しやすいし、何か発生した時にスムーズに連携がとれるでしょう。

雁瀬
臓器を提供されたご家族のその後のケアについてはいかがですか。

吉永
救急医は、ご本人が亡くなられたあとにご家族とお会いすることはほとんどありません。深い悲しみにあるご家族がその後どうされているかとても気になりますが、臓器を提供されたご家族の場合、コーディネーターとのつながりがあるのですから、是非とも十分な精神的ケアをして欲しいと思います。生体間移植でも精神的ケアがとても重要であることが報告されていますからね。

雁瀬
アメリカでは、臓器提供にあたるコーディネーターとその後の精神的ケアにあたるコーディネーターがいるそうですが…。

吉永
日本はコーディネーターの数とその実績がまだ少なく、ご家族のケアすべてを任務として要請されているのが現状です。日本では精神的に問題がある時にカウンセリングを受ける感覚が根づいていませんし、ご家族の死の受け止め方はそれぞれで異なります。ソーシャルワーカーや宗教的立場の方々の協力を得たり、窓口を作ってもっと気楽に相談できる場所があればいいですね。

雁瀬
先生は仏教界の方々が脳死や臓器提供を話し合う『生き方を考える会』に参加されています。どのようなきっかけがあったのでしょうか。

吉永
日本でもっとも多くの信者さんがいると思われる仏教界が、脳死や臓器提供をどう捉えているか非常に興味がありました。また、医師の立場から仏教関係者に医学的な知識をお伝えすることもできるのではないかと思い、参加させていただくことにしたんです。そこで取り組んだ内容は、8月末頃からホームページで公表することになりましたが、仏教的にもきちんと脳死や臓器提供を捉えることができるということがわかり、たいへん勉強になりました。おぼろげな考えが、とてもクリアになった満足感があります。宗教界にはしっかりした考えをお持ちの方がたくさんおられるので、今後も積極的に医療に参加してもらいたいと思います。

雁瀬
私も途中から参加させていただき、たいへん興味深く拝聴しました。ホームページでの一般の方々からの反応がまた楽しみです。
http://www.think-life.gr.jp/
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震災を経験して

雁瀬
今年1月26日に起きたコロンビア大震災に、国際緊急援助隊として救援活動にあたられていますが、いかがでしたか。

吉永
実際に現地で救助活動を行う『救助チーム』と医療活動を行う『医療チーム』があるのですが、私は前者の同行医師として参加しました。普通、救助チームは全国から集められるのですが、今回は37名のうち約半数が関西地域の隊員でした。つまり、阪神・淡路大震災の経験を持つ者の参加が求められたんです。私自身も阪神・淡路大震災では自宅が半壊する被害にあっていますし、救急医としてほとんど寝ずに救命治療に奔走しました。コロンビアに降り立って見た状況は、当時の神戸そのものでした。悲しみや悲惨さ、いったいどうしたらいいんだという焦燥感が一気によみがえり、自分の受けた傷をあらためて認識しましたね。

雁瀬
ご自身が受けた震災の体験が、精神的にも技術的にも役立ったわけですね。

吉永
そうです。何でも経験した人にしかわからないものが多くあります。しかし、その体験ひとつひとつが必ず生き方を考える糧になると思いたいものです。病院のICUでも国境を越えた遠くの地でも救命活動の基本は変わりません。

雁瀬
これまでの腎提供に携わられた経験やさまざまな救命治療の取り組み方をお話いただき、ありがとうございました。救命医療の変わらぬ姿勢を再認識いたしました。
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吉永 和正(よしなが かずまさ)
1949年1月10日岡山県生まれ。神戸大学医学部卒業後、兵庫医科大学救急部助手、講師を経て現在、副部長。国際救急医療チーム(JMTDR)登録、芦屋市消防本部救急指導医、兵庫県腎疾患対策協会幹事、近畿スキンバンク運営委員会委員、近畿腎提供施設連絡協議会代表、日本臓器移植ネットワーク近畿ブロックセンター地域評価委員会委員なども兼任。「今日の救急治療指針」「疾患別最新処方」「今日の処方(改訂第2版)」「救急認定医のための診療指針」などの分担執筆著書多数。

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