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[特集]脳死移植の幕開け〜法に基づく初めての脳死移植〜
 平成11年2月末日、「臓器の移植に関する法律」に基づいた、我国初の脳死した方からの臓器のご提供と、心臓、肝臓、腎臓等の移植が実施されました。謹んで、尊い臓器をご提供頂いた故人のご冥福を心よりお祈りいたしますと共に、深い悲しみを乗り越え、病に苦しんでいる患者さんと、今後の移植医療のために、崇高なご決断を頂いたご家族に心より敬意と感謝の意を表したいと存じます。

「移植コーディネーターの勉強をしてみませんか。」勤務していた病院の院長先生にそう声をかけていただいたのは8年ほど前でしょうか。「はい」と二つ返事をして、当ネットワーク団体会員でもある兵庫腎疾患対策協会の助成を頂き、移植医療が何たるものかもわからないままに米国への研修に飛び立ちました。当時、UNOS(全米臓器分配機構)理事長であられたジーンピアス氏の自宅に下宿しながらのコーディネーター研修。バージニア州リッチモンドを拠点に、フロリダ州にあるゲインズビル、タンパ、そしてシカゴ、アリゾナへと全米各地のOPOを飛び回っていました。初めて臓器提供の現場に立ち会ったのは、フロリダ州ゲインズビルにある病院でした。ドナー情報を頂いて私たちが駆けつけた折り、病院におられたご両親は悲嘆に暮れていました。ご子息が不幸にも交通事故にあわれ、懸命な救命治療の甲斐も無く脳死状態になってしまったのです。主治医がご両親に、ご子息が脳死状態にあることを伝えました。詳しい病状を聞き終えた後、ご両親は自ら臓器の提供を申し出られたのです。一緒に出向いたコーディネーターが、ご家族に臓器の提供について説明を行い、ご承諾を頂きました。それから6時間後には心臓が摘出され、二日前、瀕死の状態で運び込まれた16歳の少女のもとへ搬送され緊急に移植が行われたのです。数日後、私はその少女に面会しました。入院してきた時とは見違える顔色の良さと元気さに、ただただ驚かされるばかりでした。
年間4500名近くの方々から尊い臓器の提供がある米国。この国では、既に移植医療は一般の医療として社会に認知されている。私の目にはそう映りました。心臓や肝臓の移植が必要となれば、諸外国に患者さんを送らなければ命を救うことができない日本。その時、私の生まれ育った国で、社会に認知された形で心臓、肝臓移植を行える日が本当にやってくるのだろうかと、途方に暮れたことを今でもはっきりと覚えています。

ちょうど米国から帰国した頃だったでしょうか、脳死臨調の中間報告が出され、臓器移植法の原案が提出されました。しかし、実質上審議は行われず継続審議が繰り返されました。そのような経過を辿り、ついに1997年10月16日、脳死移植を容認する「臓器の移植に関する法律」が施行される運びとなったのです。それから1年4ヶ月後、何物にも代えがたい尊い臓器のご提供を頂き、我国で初めて法律に基づいた脳死からの心臓、肝臓、腎臓、角膜の移植が実現しました。

臓器をご提供頂いた折り、私は手術室と搬送担当のコーディネーターとして関わらせて頂きました。手術室においては、ご遺体に対して礼意を尽くすことを念頭に置き、ご本人とご家族の意思が最大限に生かされるよう、手術を担当する医師や病院のスタッフの方々にお話させて頂きました。関係者は皆、全力を尽くすことを誓い合った後、ご遺体に対する尊厳を守り手術を終えました。

搬送に関しては、緊張の連続でした。ご本人の意思とご家族の決断に報いるためには、何としてもご提供頂いた尊い命を安全に迅速に移植施設に繋がねばなりません。もしも、不備が生じて到着時間が遅れるようなことがあれば、今までの全てが無駄に終わってしまう。この思いは、最後まで私の脳裏から離れませんでした。多数の機関から自主的な協力の申し出を頂戴し、多方面に渡ってサポートして頂きました。本当にありがたく思っています。初動が早かった等のご意見を頂戴しましたが、関係者は、ご提供頂いた大切な命を繋げるために懸命な努力を行っていたのです。私どもネットワークのいたらない処は多々あったと思います。しかし、限られた時間と緊張の中、結果的には全ての過程において滞ることなく移植術に繋げることができたと思っています。手術と搬送の密な関わりの中、今後詰めなくてはならない課題も明確になりました。ネットワーク本部と協力して問題定義を行い、関係する機関と早急に協議して万全を期すことができるよう努力する所存です。
手術にご協力頂いた病院のスタッフの方々を始め、搬送にご協力頂いた高知県庁、高知県警、高知市消防、高知空港、伊丹空港、松本空港空港関係者の皆様および各府県警の皆様他、ご協力いただいた機関の方々には、心よりお礼申し上げます。

我国初の脳死移植に関わり、今、最も憂慮していることは、今後の臓器移植に対するマスコミ各社の報道です。我国における移植医療の歴史からみて、情報の公開が必要であることは承知しています。しかし、それらは個人のプライバシーを保護した上で公開できるのであって、報道等で個人が特定されるような情報が出された場合は、おのずと個人情報となって流れてしまいます。今回の報道は、臓器をご提供頂いたご本人およびそのご家族へのプライバシー保護に対する配慮が全く欠落しており、移植コーディネーターとして収まり得ぬ怒りを覚えました。私と同僚の小中は、その個人の基本的人権であるプライバシーをも侵害する過剰な報道と取材姿勢を非難し、報道機関自ら考えを改めて頂くことを目的として個別の取材拒否声明文を出しました。その後、各報道機関において、移植医療に対する情報の公開とプライバシーの保護等、様々な観点から活発な議論、検討がなされていると聞き改善されることを期待しています。

つい先日、月刊誌「創」1999年6月号、浅野健一先生(同志社大学教授)が執筆された“臓器移植報道徹底検証”の記事を読んでいると、文中に驚くべきくだりを見つけました。それは、我々が最も問題視している2月25日の個人を特定するようなNHKの報道に対して、NHK最高の賞と呼ばれる『会長特賞』が授与されたとのこと…。私自身、公的な報道機関と位置づけていたNHKに対して、今まで感じたことのない不信感を抱きました。私は自らNHKに電話を入れ、いつ、誰が受賞したのか、事実確認を申し入れました。ところが電話口に出た広報担当者には、即座に答えて頂くことはできませんでした。2時間後に返事を頂きましたが、患者個人を特定できる個人情報を、ご本人やご家族の承諾も得ないまま全国民に対して、最も早く報道した国民的報道機関が、最高の賞を受賞した時期と受賞者を「公表する必要は無い」という回答に愕然とすると共に、一国民として強い憤りを感じました。釈然としない気持ちと、今後の移植医療に対する報道に危機感は募るばかりです。人の死と言う厳粛かつ神聖な場に踏み込みんでいることを忘れることなく、人道的な取材と報道をされることを切に望んで止みません。
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搬送
■移植コーディネーター手記「初の脳死移植に寄せて」

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