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[特集]脳死移植の幕開け〜法に基づく初めての脳死移植〜
 '99年2月、『臓器移植法』に基づく初めての脳死での臓器提供と移植が行われ、心臓と肝臓、そして2つの腎臓がそれぞれ4人の患者さんに、両角膜が2人の患者さんに渡りました。
臓器を提供されたご本人の冥福をお祈りすると共に、最後までご本人の意思の尊重に徹せられたご家族の尊い決意とそのご意向に添うために多大なご協力を頂いた提供病院の方々に心より敬意を表します。また、臓器の提供を受けた方々の順調な回復を願っております。

移植医療は、医療そのものの透明性の確保とプライバシーの保護が大前提で行われなくてはなりません。しかし、『初めての脳死移植』という社会性を持っていた今回の移植は、想像を絶する騒々しさに巻き込まれ、ご家族に静かな時間を提供できなかったことがたいへん残念でした。また、移植医療は多くの人の協力がなければ為し得ません。今回は、提供病院の多大なご協力もあり、厳しいルールを遵守して無事にその橋渡しができたことに安堵しておりますが、日本臓器移植ネットワークにもまだまだ改善すべき課題があります。真摯に受け止めてより良い環境作りに努力していきたいと思います。
 ネットワークは、死後に臓器を提供してもいいという方と臓器の提供を待たれている方との橋渡し役です。移植コーディネーターを中心として、移植希望者の登録、臓器提供者の情報収集、提供協力病院および臓器提供者ご家族への対応、臓器提供者の血液検査、摘出チームの編成と調整、基準に基づいた適正かつ公平な移植希望者の選択、迅速な臓器搬送などを担っています。今回の脳死移植をネットワークの活動を中心にご報告します。
 ひとりの女性が頭痛を訴えた直後に家の中で倒れ、救急車で運ばれ入院しました。入院時の頭部CT検査では脳内出血が大きく、瞳孔散大、対光反射消失、血圧高く、自発呼吸は無く、いわゆる意識不明の重体でした。直ちに脳圧降下剤、人工呼吸などの救命措置がおこなわれましたが、4時間後には血圧が急激に低下し、重篤な状態に陥りました。救急の担当医は蘇生困難と判断し、ご家族にその旨を告げました。
 朝、ご家族より救急の担当医にご本人の意思表示カードが提出され、「本人に臓器提供の意思がある」ことが伝えられました。カードには1の番号とその他の欄を除く臓器のすべてに丸がしてあり、その他の欄には眼球(角膜)の記入、さらに署名年月日、本人の署名、家族の署名が記入されていました。

2月23日午後、主治医よりご家族へ「コーディネーター(Co)から心停止後の腎提供の説明を聞くことができますが、どうしますか」とお話したところ、「説明を聞きたい」というお申し出がありました。その後、日本臓器移植ネットワーク中国四国ブロックセンター(BC)のCoが病院に到着するのを待って3時間後の夕刻に、県のCo、中国四国BCのCo、主治医と婦長が同席してご家族に『心停止後の腎臓提供』について説明を行いました。(説明内容:医学的説明、組織適合性検査や細菌・ウイルス検査のための採血、カニュレーションを含む前処置、摘出手術、脾臓・リンパ節の摘出、感染症・腎機能低下などで献腎ができなくなる可能性、献腎後のケア、プライバシーの保護、拒否することの自由、提供手順の具体的方法など)

およそ1時間の説明の後、ご家族は『心停止後の腎臓と角膜提供承諾書』に署名・捺印されました。検査用の採血をし、感染症や腎機能低下などがないことを確認しました。
 中国四国BCにて腎臓移植適合者(レシピエント)の検索が行われ、東北大学と国立長崎病院の患者さんが6抗原適合(HLA抗原の適合がもっとも良い)にて選ばれました。それぞれの患者さんに連絡し、「今、移植を受ける意思があるかないか、移植を受けられる状態かどうか」の確認を行いました。
 これまでに行われていた救命医療によって症状が安定し、入院後すぐにも訪れるかもしれないと思われていた心停止は懸命の治療によって免れましたが、この日の午後には脳死診断項目(深い昏睡、瞳孔の散大と固定、脳幹反射の消失、平坦脳波)を満たす『臨床的脳死』の状態と診断されました。主治医がご家族にその病状の説明をした後「患者ご本人の意思にある脳死後の臓器提供についての説明をあらためて聞くことができますがどうしますか」と、お話したところ、ご家族から「脳死後の臓器提供について説明を聞きたい」というお申し出がありました。

脳死後で臓器提供の場合、関西以西のBCは、基幹BCである近畿BCに連絡することになっていました。中国四国BCに留まって連絡と調整を行っていたCoから近畿BCのCoに連絡。「意思表示カードを所持している患者さんが脳死の状態となり、ご家族がCoの説明を聞きたいと申し出られています。今から現地にいる中国四国BCのCoと県Coがご家族への説明を行います。」と伝え、その報告がそのままネットワーク本部(東京)に伝えられました。2人のCoは、主治医と婦長の同席のもと、ご家族に対し『脳死後の臓器提供』について『臓器提供についてご家族の皆様方にご確認いただきたいこと』というしおりに沿って2時間に及び説明を行いました。

ご家族は充分に時間を掛け、納得されてから『脳死判定承諾書、臓器提供承諾書』に署名・捺印されました。Coから中国四国BCに「説明の後、ご家族は臓器提供の承諾をなさいました。」という報告が入り、中国四国BCにいるCoが近畿BCのCoにその旨伝えると共に『近畿BCからの応援』を要請しました。近畿BCのCoは、ネットワーク本部へその報告をした時に、提供病院でのコーディネート業務を支援するように指示を受け、2人のCoが現地に向かうことになりました。また、多臓器の提供になった場合、膨大な調整・連絡業務が発生することから、それまでにシミュレーションなどによって綿密なコーディネーション業務を繰り返し確認していた北海道BCのCoの派遣も行われました。

夜には、近畿BCの2人のCoが提供病院に到着しましたが、すでに午後7時のテレビニュースで提供病院が映し出され「臓器移植法施行後初の脳死移植を前提とした脳死判定が行われる可能性がある」ことが実況中継され、他局も同時期にテロップで流すなど想像を越えた報道合戦が展開され始めていました。Coはその時のことを「病院周辺には報道のカメラマンが大勢取り囲み、院内では受診に来られている患者さんの間を取材記者が動き回っている異様な雰囲気に足がすくみ、また、臓器提供の意思を持たれている患者さんとそのご家族がどのようにされているか不安な思いがした」と語っています。

病院内のご家族は「プライバシーが保護されていない報道に、たいへん辛い思いをしている」と訴えられており、病院長、主治医を含む病院スタッフと先に入っていた県と中国四国BCの2人のCoは、今後の対応を話し合っていました。

一方では、ご家族の意向を受け病院内の脳死判定委員会が招集され、第1回の脳死判定委員会が開かれて、脳死判定の手続きの確認と判定医2人が選ばれました。ご家族の意向を確認した後、脳死での臓器提供に必要な法に基づく第1回脳死判定が始められました。その間、病院事務長と近畿BCの2人のCoは、取材陣を病院内の1部屋に集め、出入り口を決めて取材・報道の自粛を要請しました。

ネットワーク本部では、理事である医師と2人のCo、コンピュータ担当職員が中心となり、現地Coの報告を受けながらコンピュータで前段階としての予備的な心臓・肺・肝臓の移植適合者検索を行いました。しかし、この脳死判定では、「脳波検査で脳波が完全に平坦であると確認できなかったため法的脳死判定基準を満たしていない」とし、判定の結果は脳死ではありませんでした。ほとんど同時期にこの結果はニュースなどで報道されたので、まだ臓器提供の実施が決定していないうちからの報道に対し、ご本人とそのご家族のプライバシー保護を危惧した一般の方々から各関係各所にたくさんの抗議の電話がありました。
結局これまでの経緯は全て白紙に戻すことが決まり、ご家族にも告げられました。
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 午後、脳波検査の結果、脳波が平坦であったため主治医はご家族の承諾のもとに新たに無呼吸テストを含む脳死診断を行い、その結果『臨床的脳死』と診断しました。この検査の過程では、血液中の酸素が低下しないよう安全性に十分注意が払われました。ご家族にその結果と「もう1度、脳死での臓器提供についてCoの話をお聞きになりたいようであれば申し出てください」と主治医が話しました。この4時間後、ご家族より「Coの話を聞きたい」とのお申し出があり、主治医から連絡を受けた近畿BC、中国四国BC、県の3人のCoが1時間余りの時間をかけて再度脳死での臓器提供について説明しました。ご家族は相談された後、新たに『脳死判定承諾書、臓器提供承諾書』に署名・捺印されました。ただし、ご家族は個人を特定できるような情報やリアルタイムで流れる病状に辛い思いを重ねていらしたので、病院側に(1)1回目と2回目の脳死判定については一切公表しないこと。(2)遺体についてはすべての臓器摘出後、報道関係者の撮影・取材を受けることなく、平穏に帰宅できること。(3)報道関係者は、患者と家族のプライバシーに触れる報道のあり方を反省すること、を要望されました。
 病院では再び脳死判定委員会が召集され、脳死判定医2名が指名されました。その後第1回脳死判定が開始され、ご家族の立ち会いのもと数時間かけて終了。これを受けて、ネットワーク本部では、コンピュータであらためて心臓・肺・肝臓の移植適合者検索を行いました。
 提供病院にいるCoは、この間も継続される報道と取材にあたる記者を避けることに奔走し、ご家族に対する支えが充分ではなかったのではないかと非常に危惧していました。第2回脳死判定が行われる前に、Coがあらためてご家族に「第2回脳死判定終了時刻に死亡が確定することと臓器提供については今でもやめられること」を話し合いました。主治医は辛そうなご家族の様子を見て「やめることもできますよ」と声をかけられました。しかし、ご家族は「報道はもとより本人と家族のプライバシーを報道から守りきれなかったあなた方への憤りもあるが、臓器提供をしたいという本人の意思を生かしたい気持ちに変わりない。さらに次の移植につなげてほしい」と話されました。Coは、敬意の念でその思いを受け止めました。

第1回脳死判定の終了からおよそ6時間以上が経過してから、第2回脳死判定がご家族立ち会いのもと行われました。2回目の脳死判定の終了時刻がご本人の死亡時刻となるため、病院長からご家族に『脳死判定通知書』が手渡されましたが、第2回脳死判定の開始時刻と終了時刻は、プライバシーの保護ができず、個人が特定される報道があったことにより、ご家族の希望で公表されませんでした。ただし、ご家族はしかるべき時期に公表することについては、拒否されていません。

ネットワーク本部は脳死判定終了の報告を近畿BCのCoから受け、厚生省に報告すると共に2回目の腎臓移植適合者の検索を行いました。心停止後の腎臓提供のために決定されていたレシピエントと同じ方々が候補になり、決定されました。また、現地からは臓器摘出承諾書、脳死判定承諾書、意思表示カードの写し、脳死判定記録書、脳死判定的確実施の証明書、死亡診断書をFAXで受信、確認しました。

すぐに、心臓、肺、肝臓のレシピエント候補者が今移植を受ける意思があるか、また、移植を受けられる状態であるかの確認をするために、ネットワーク本部から各移植施設に連絡。FAXにて候補者のデータ確認をしていただいたところ、心臓移植の第2候補とされていた大阪大学の患者さんの待機日数についての問い合わせをいただきました。確認した結果、待機日数を計算する4つの条件のうち1つが入っていないことがわかり、これを含めて再度計算して検索した後、この患者さんが第1候補であることが判明しました。すぐに訂正の連絡を入れましたが、すでに、第1候補として連絡を受けていた患者さんにはインフォームドコンセントが開始されていたため、ご本人とそのご家族の方々には大変なご心痛をおかけしましたことを深く反省し謝罪いたしました。待機日数の計算は非常に複雑ですが手計算で行っていたため、今後はコンピュータによる自動計算ができるように対処しています。

肺の移植候補者については、第1位、第2位の患者さんは医学的に移植を受けられる状態に無く、大阪大学で待機中の第3位の患者さんに決定しました。心臓は新たに第1位の候補になった大阪大学の患者さんに、肝臓は信州大学で待機中の第1位の患者さんに決定しました。
5つの臓器移植施設が決定した後、近畿BCのCoが摘出チームの到着時刻、提供病院の手術室の都合、摘出後の臓器搬送手段、移植手術の準備、ご家族の希望をふまえて摘出手術の開始時刻を想定しました。了解されたご家族は病室にて交代でお別れをなさいました。

その後、搬送の調整を担当する近畿BCのCoと北海道BCのCoが具体的な調整・連絡業務を開始しました。しかし、搬送時間の最も短い心臓から計画を立てると、大阪まではヘリコプターの使用が必須となります。Coから提供病院が所在する県に搬送のための協力を依頼。ヘリコプターは有視界飛行が望ましいのですが、6時以降の飛行も可能という返事も頂いたので、本日中の摘出・搬送として進めることにしました。まず、移植施設から摘出チームが来る交通機関を確保。さらに、感染症になりやすく移植に適応するかどうかの評価がむずかしい肺についてはメディカルコンサルタントである岡山大学の医師に医学的評価を依頼したのでその交通機関も調整しました。当日は休日でありまた天候も良く交通事情に恵まれて、摘出チームのスムースな移動が可能となり、移植施設決定後およそ5時間弱で提供病院に集りました。その後は、ご家族の意向と摘出チームのミーティング内容を確認しながら、摘出後の臓器搬送ルートの手配。心臓の搬送開始時刻を午後5時、肺は5時半、肝臓は6〜7時、腎臓は7〜8時と想定して本部で待機する関東甲信越BCの2人のCoと細かな連絡・調整を続けました。また、腎臓の搬送については東北大学の医師に多大な協力をいただき、九州沖縄BCのCoと搬送手段の確保が迅速にできました。

一方、病院では摘出チームが主治医とCoの説明を受け、手術室に入る前に診察をし、臓器が移植できるかどうかの医学的評価を行い、心臓と肝臓、腎臓の機能には問題ないことが確認されました。

スタッフ全員による入念なミーティングの後、実際に摘出手術が開始されたのは午後3時7分でした。摘出手術が始まる前に全員でご冥福を祈り、礼意をもって接し、約4時間で無事に終了しました。すぐに、きれいに縫合と処置をしてからご遺体はご家族のもとに戻り、ご家族とともに病院を後にされました。提供された臓器は、現地Coが搬送を担当する県警、県消防、空港、ネットワーク本部などと頻繁に連絡を重ねた末、多くの関係機関や関係者のご協力を得て、各移植施設に無事搬送されました。
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■脳死移植の幕開け〜法に基づく初めての脳死移植〜
搬送
移植コーディネーター手記「初の脳死移植に寄せて」

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