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聞き手:雁瀬美佐 撮影:南信司

かつて、流血のシーンのみで視聴者を釘付けにしていた救命救急番組が、堤医師の出現によってガラリと様相を変えた。どんな優れた機器も見落としていた心の傷口が、あまりにも大きいことに気付かせてくれたのだ。傷を治し、人を癒してはじめて救命したといえるのではないか。それが救急医療の現場で奮闘する精神科医の熱いメッセージである。
救急医療に新しい風
わかりやすい精神医療をめざして
命を救うということ
移植にも重要な心のケア
救急医療に新しい風
雁瀬 もともと医療に関する番組には興味があったんですが、堤先生の仕事が紹介された時には、良い意味でショックを受けました。「すごい、新しい、そうだ、そうあるべきだ」って。
亡くなった逸見政孝さんの“素敵にドキュメント”という番組の中で、“自殺”をテーマにした時が始めですね。もう7年ぐらい前になります。それがきっかけとなって、他の番組で大病院に町医者がいるような人間的なドキュメントを作りたいということで、僕の生活を1ヶ月も密着していましたよ。びっくりしたのは、放送の後に全国の多くの方から手紙をいただいたことですね。救急医療の番組なのに、慢性の病気を抱える患者さんからも「ずっと病院通いをしていてもなかなか良くならなくて、もう嫌になっていたんだけど、番組を見てもう一度治してみよう、頑張ってみようという気持ちになりました」って。嬉しかったですよ。同業者からのエールもありましたし。
雁瀬 やはり、ずいぶん反響があったんですね。
同様の番組は他にもあったと思いますが、北里大学病院の取材では患者さんや家族の肉声が多く盛り込まれていて、共感が得られたんでしょうね。僕にとっては救急医療は人生の縮図をみているようだし、精神科の原点を見るような気もします。
雁瀬 普通、救命救急ものというと事故現場や走りまわる救急医が中心でしたから、精神科医の登場は斬新でした。最初から救急医療の精神的ケアに携わっていらしたのですか?
もともとは、普通の精神科医ですよ。精神科って理由がわからなかったり、なかなか科学では立証できないものが多いんだけど、精神病ではなくても甲状腺に異常があると同じような精神症状がでることがあるんですよ。もともとからだの病気やデータのあるところに何か精神病の原因のヒントがあるんじゃないかということに興味があって、からだに病気がある人に起きる精神病いわゆる症状精神病を一般病棟で診ていたんです。そのうち、リエゾン精神医学という言葉が海外から導入されてきたわけです。
雁瀬 リエゾンってどんな意味ですか?
フランス語で連携とか連結という意味で、“からだを診る医師と心を診る精神科医とが連携して人間的に患者さんを診ましょう”という全人的医療を目指したものです。僕もこれが理想と考えて一般病棟をずっと診て回っていました。
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わかりやすい精神医療をめざして
雁瀬 堤先生が救命救急の場に加わるきっかけは何だったのでしょうか。
昭和61年に、ここに救命救急センターが設立されると、自殺の患者さんがあまりにも多く運ばれてきました。当時から救命救急部長であった大和田先生が「精神科医もスタッフとして加わるべきだ」と提案され、昭和63年に正式に精神科医が指導医として配置されました。それがたまたま僕だったんです。
雁瀬 今までなかったことを始めるのはたいへんなことですよね。
むしろラッキーだと思いました。2年間やってきた仕事が認められて、新しいところに精神科医が加われることにとても喜びを感じましたね。もともと精神科医は、人の血と死を見るのが嫌いな人間が多いといわれているので、救命救急センター勤務を希望する医師は少ないでしょう。リエゾン精神科医という立場からも、僕しかいなかったんですよ。
雁瀬 そこで7年前のテレビ登場につながるんですね。
僕の精神科医としてのポリシーは、“わかりやすい精神医療”です。精神科が何をやっているか知らない人も多いし、偏見をもたれやすいのです。また、いろいろな意味で単科だけで治療する時代は終焉を迎えていると感じていましたから、人を救うという意味ではどんな専門分野にも心の問題は大切だと思いました。それを医師にも患者さんにもわかってもらうために、ラジオでしゃべったり、テレビに出たりもするわけです。
雁瀬 むずかしい医療をわかりやすく伝えることは、とても大切ですよね。
自殺を図って最初に運ばれてくるのが救命救急センターですからね。精神科医だっていち早くその人の状況を見ておかないと治療はできません。精神科医はかつてのように哲学者じゃなくて、今は科学者でなくてはいけないんじゃないかと思っていますから。たとえば、精神科医が診ていた患者さんが行き詰まって自殺した場合、傷が治ればまた精神科に戻ってきますが、このプロセスを精神科医もきちんと見るべきだと考えて行動しています。
雁瀬 とても必要なことだと思います。逆に、なぜ今まで行われてこなかったんだろうという気さえします。
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命を救うということ
大和田先生がいつもおっしゃってるんですが、“自分の親だったらどうしてもらいたいか、家族だったらどうしてほしいのかを考えて治療しなさい”と。
雁瀬 家族の身になって考えるということは、やさしい言い方ですが、実はたいへん難しいことですよね。
押し寄せる患者さん側の人間性と医師の持つ科学性の擦りあわせあるいは線引きは、やればやるほど難しくていつも葛藤していますよ。
雁瀬 目指すものと現実との間の葛藤は、消えることはないんですね。
医師は、死亡率を下げることを仕事としていますよね。この病院だけでも年間100人くらいの自殺の患者さんが運ばれてきますが、傷が治っても心が癒されないで退院したら、この患者さんはまた自殺を繰り返す可能性が高いと思います。心の治療のための動機付けをしないで傷口を縫っても、救命医療になりません。処置の後の心のケアは精神科医にまかせてもらえれば、餅は餅屋でいいパートナーシップがとれるんじゃないでしょうか。
雁瀬 北里大学病院でのこのような救命救急のあり方は、すでに10年目を迎えるわけですが、日本での現状はどうですか。堤先生の後輩は誕生しつつありますか。
東海大学、日本医科大学、近畿大学などで、専任やコンサルテーション、研修などが行われているようです。常駐している所は、全国で10施設も無いんじゃないかな。救急の場は、患者も家族も医療スタッフも危機状態に陥っているので、その3者のコーディネイトをすることもとても大切ですから、是非多くの施設で活躍してもらいたいと思います。
雁瀬 かつて、治療というのはすべて医師まかせで、患者側が意見をすることはほとんど無かったように思います。随分時間がかかりましたが最近はやっと、癌治療でも延命治療でも本人が自分のからだのことを良く知ったうえで、どう治したいか、どう過ごしたいかを選べる時代になってきましたよね。これからも少しずつ変化しながら、個人の意思が尊重され、ある程度の選択ができる医療体制が確立していくのでしょうね。
状況が変わってきても、医師、看護婦、患者さん側に、それぞれの役割がきちんとあると思います。それがクリアになっていて、信頼関係があって、初めて一緒に笑ったり、泣いたりできるんじゃないかな。たとえば医師が「亡くなりました」と言ったら、その「亡くなった」という事実を受け止めてくれる、信頼される立場になりたいよね。
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移植にも重要な心のケア
雁瀬 日本の移植医療も臓器移植法がやっと成立したものの、移植が一般の医療として確立するには、やはり長い時間がかかると感じています。堤先生には、移植コーディネーターの研修を通して移植医療を支えていただいていますが、いかがですか。
精神科医が患者さんを診るのに、薬物療法、精神療法、作業療法があるように、ひとりの患者さんを治すのに移植という治療も一つの方法だと思っています。ただ、日本の場合は、和田移植以来30年近くも閉ざされ、世界の流れから遅れているからといって、無理に推し進めたり、逆にネガティブなこととして考えなくてもいいんじゃないかな。まだまだ時間がかかると思うけど、通常の医療の一つになれたらいいと思いますよ
雁瀬 先生と移植の接点はいつ頃からあったのですか。
僕が一般病棟を診ていた時に、泌尿器科や外科で腎移植をした人達の精神的ケアもしていました。そのころはシクロスポリンのようないい免疫抑制剤が無くて、生着率も悪く、ガッカリしている患者さんが結構いらしたんですよ。移植後にフォローしてもらう科が違うと、患者さんへの対応もまちまちで、リエゾン精神科医として、何かうまくまとめられないかと気になっていました。アメリカでも、移植が始められた初期に脳死の話をしたのは精神科医だったということや、この大学病院でも移植コーディネーターになりたいという薬剤師さんがいると聞いて、移植医療の勉強を始めたんですよ。
雁瀬 移植医療にとって、移植コーディネーターの役割はたいへん大きいと思います。移植が行われる時には、ドナー側でもレシピエント側でも緊急事態になっていて、手続きや臓器搬送を完璧に行うことはもちろんとして、そこに係わる方達の精神的ケアも要求されます。その部分で、堤先生にご指導頂いているわけですね。
移植が正しく行われるためには、それぞれの役割が信頼関係をもって協力し合わなくちゃいけないんです。今は、その信頼関係を構築する時期だと思います。臓器が提供される施設と臓器を移植する施設とそして中立な立場である移植コーディネーターが、三権分立のように確固たる地位を得なくてはいけないと思いますよ。
雁瀬 移植医療の推進のためには、意思表示カードの普及と並んで移植コーディネーターの育成も重要な課題とされています。
移植医療の場で、移植コーディネーターとして“このような対応をした”“こんなケースがあった”という事例を検討し合って、より質の高い移植医療を目指せば、少しずついい形で発展していけるんじゃないでしょうか。
雁瀬 移植医療の推進のためには、意思表示カードの普及と並んで移植コーディネーターの育成も重要な課題とされています。
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堤邦彦(つつみ くにひこ)
1954年生まれ。
北里大学医学部大学院終了後、同大学医学部精神科助手、講師を経て現在、北里大学病院救命救急センター外来主任。専門は、リエゾン精神医学、災害精神医学、救命救急精神医学。救急スタッフのためのメンタルケア(へるす出版)、救急看護におけるメンタルケア(メディカ出版)など著書多数。
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