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小冊子 think transplant

いのちの贈り物
~あなたの意思で救える命~
think transplant Vol.8 

ドナーファミリーの集いに参加して

 

 2007年末、福岡で開かれた「ドナーファミリーの集い」という会に参加しました。この会は、(社)日本臓器移植ネットワークが各支部ごとに開いている、臓器を提供した人(ドナー)の家族の集いです。私はこのたび初めて対象者となり、参加させていただきました。  かけがえのない家族と今生の別れをせねばならないという、尋常ならざる状況のなかで、限られた時間のうちに大きな決断をされ、尊い意思を示された方たち…。みなさんがどのようなお気持ちでその決断をし、その後の生活を送られているのか? 私は、日本ではまだまだ少ない、自分と同じ立場の方々にお会いしてみたいと思ったのです。  黙祷、主催者からの慰霊の言葉、参加者全員での献花、心臓移植を受けられた方からのお話、移植を受けた方によるピアノ演奏を聴きながらの茶話会、その演奏中には臓器を提供された方々の在りし日の写真を上映…時間はあっという間に過ぎて行きました。会場には、当日参加できなかった方も含めたご家族の近況報告および現在の気持ち、移植を受けられた方々からの「ありがとう」のメッセージ、移植担当医からのお言葉がボードに貼り出されていて、皆様熱心に読んでいらっしゃいました。

 

 私が一番驚いたこと。それは臓器提供者(ドナー)の方々には思いの外、若い人が多いということでした。お元気だったお姿を写真上映の時に拝見し、そこに映し出された方たちの多くが、まだ学生さんであったり、社会に出て間もないと見受けられる若い方たちだったのです。私は自分の父のように、もっと年配の方が多いものと思っていました。会場に満ち満ちているすすり泣きの声を聞きながら、わが子を先に逝かせた親子さんのお気持ちはいかばかりか…と胸が詰まりました。  そして、臓器を提供したものの、本人に聞けずに決めたことを、本当にそれで良かったのだろうか…と悩んでいらっしゃる方もおられることを知りました。また、身内から非難をされた方、いろいろ言われることを懸念して親戚に黙っておられる方もあったのです。 私のように、「あぁ、お役に立てて良かった!」と実に澄みきった心で居られる人間のほうが、どうやら少ないということ。これも私には意外でした。そして意思表示カードは書いていなかったけれど、間違いなく亡き父の意に沿うことができたと思える自分がいかにありがたいか、そういう絆でもって育ててくれた父に感謝しました。

 

 私の父は、車を運転中に脳幹梗塞を起こし、意識不明のままセンターラインを超えて、対向車の4トントラックと正面衝突しました。脳梗塞の中でも脳幹という一番大事なところが詰まり、その上に交通事故…。約ひと月間意識不明の後、お浄土へ旅立ちました。「植物人間でもいい、生きてさえいてくれれば!」毎日そう思っていました。その時点では臓器を提供するなんて考えは思いも至らぬ事でした。けれど、父が脳死状態になったことを医師から聞かされた時、それを厳密に判断するには臓器提供を行う時のような脳死判定が要るのだが…という話題の中で、「臓器提供」という言葉を耳にしたのです。私はお医者さまの言葉に飛びつき尋ねました。父の臓器が使えるのですか?と。父はもう助からない。ならば、使えるものがあるのなら使っていただこう、と思ったのです。  父は臓器提供の意思表示カードを書いていませんでした。ですから、使って頂けたのは腎臓だけです。けれども、70歳を過ぎた父の腎臓が、30代と40代の方のお役に立ったのです。腎臓は二つあり、それぞれは、人の寿命より長く機能し続けることができるのだと移植コーディネーターからお聞きして驚きました。自分が当事者になって初めて知る臓器移植の世界でした。残念ながらこれが現在の一般的な日本人の姿でしょう。

 

意思表示カードがないにもかかわらず、私も親戚も身内全員が喜んで賛同したのには、私たちに生まれ育った環境も関係しています。父はお寺の住職でした。私は子供の頃から、「おまえのその身体は、おまえであっておまえでない。仮に有ると書いて「仮有(けう)」と言ってな、その骨も皮膚も心臓も、生まれてからずうっと同じであるように思えるが、ひと時として同じではないんやで。常に変わっているんや。 行く川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず やな」と父からよく聞かされて育ちました。毎日いろんな話をしてくれる父でしたから、その考え方は自然と私の中に沁み込んでいったのでしょう。父の臓器が使って貰える状態だと聞いた時、すぐに「どうせ燃やして灰になってしまうだけなんだから、ひとの役に立てるならこんなに有り難いことはない!」と思ったのです。

 父が亡くなってから、ある檀家さんにこんな話を聞きました。その奥さまは、先立たれたご主人をとても愛していらっしゃって、いつまでもお骨を身近に置いておられました。すると父がこう言ったそうです。「奥さん、あんまりお骨に執着せんほうがいいよ。お骨は蝉の抜けがらみたいなもんやからね」と。私も、身体と魂は別だと思っています。だから、臓器を使って頂いたからといって、父がまだそのひとの中で生きているとは思っていません。そんなところに父はいないのです。移植を受けられた方(レシピエント)は、提供者とその家族の深い思いを決して忘れてはいけないと思いますが、それを背負い込んで生きる必要もありません。移植を受けたことで、できなかったことができるようになり、ご自身と身近なひとが幸せに感じることができたなら、「社会に恩返しをしなければ」なんて大きな課題を作らなくても、日々生かされていることの有り難さを実感して精一杯暮らしていくことが、また何かを生み出すと私は思っています。ドナーのご家族の中には、臓器提供をしたことで、「愛する人がレシピエントの中で生きていてくれる」と思って、それを心の慰めにしておられる方も多いようです。それはそれで、その思いでもって、埋めることの難しい大きな心の穴を癒せるのなら、意味のあることですね。

 父はよく「生きているひとの役に立つお寺とお坊さんでないといかん」と言っていました。今私は、残されたアルツハイマーの母と共に、父の想いに応える生き方がしたい、どうすれば?…と日々悩みつつ暮らしています。父は最後の最後まで人の役に立てて、実に父らしい生きざま死にざまでもって、多くのことを教えてくれました。  私は父の祥月命日に毎年していることがあります。それは、「臓器提供意思表示カード」を書き直すこと。毎年カードに向き合うことで、改めて、生かされていることの有り難さと臓器移植について考える時間を持っています。

 

 最後に私の好きな詩人 坂村真民さんの詩をご紹介させてください。
「一切無常」
散ってゆくから
美しいのだ
毀(こわ)れるから
愛(いと)しいのだ
別れるから
深まるのだ
一切無常
それゆえにこそ
すべてが生きてくるのだ
(坂村真民)

今日一日、無事生かされたことに感謝しつつ…。   美奈

 

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