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小冊子 think transplant

いのちの贈り物
~あなたの意思で救える命~
think transplant Vol.25 

人の役にたてるって、こんなに嬉しいことなんですね

 
入退院の繰り返し

 今から13年前、拡張型心筋症という病気であることを告げられました。病名はおろか『私が心臓病であるはずがない!』と、受け入れることが出来ず治療しようという気持ちにはなれませんでした。仕事も運動も人一倍頑張っているのだからと思う気持ちとは裏腹に、身体は正直で日に日に辛くなっていきました。むくみにより衣類もサイズが合わなくなり、ご飯も食べられないにも関わらず、水がたまり体重はどんどん増え、生活行動がしんどくなり………。そんな状態になり、やっと病院に行きました。すぐに入院と言われました。それから、長い闘病生活が始まりました。
3ヵ月の入院で内服の調整をして退院しましたが、自分では身の回りのことだけで精いっぱいで、主人や母に家事を手伝ってもらうという生活が約1年続きました。そんな時、地元の先生に新しい治療(CRT*1、2年後CRT-D*2に)を勧められ、神にもすがる思いで治療が受けられる病院への紹介をお願いしました。その時にはすでに腹水も溜まっており、座ることはおろか寝ころぶことすら出来なくなっていました。
ギリギリの状態でしたが、この治療がとてもよく合い退院出来るまでに回復しました。しかしこの病気は進行型、しかも移植以外助かる見込みがないと言われている病。その後何度も心不全をおこしては、入退院の繰り返しとなり、ついに心臓移植希望登録をすることになりました。

*1:CRT(Cardiac Resynchronization Therapy)心臓再同期療法:重症心不全に対するペースメーカー療法で、ペースメーカー等を使って心臓のポンプ機能の改善をはかる治療方法
*2:CRT-D(両心室ペーシング機能付き植込み型除細動器):心室の同期障害を改善する心臓再同期療法(CRT)と、致死的不整脈による突然死を予防するICD(植込み型除細動器)療法の両方の機能をもった治療機器


 
補助人工心臓の装着

 その後、埋め込み型補助人工心臓を入れることを余儀なくされました。
9時間の手術が無事終わり、術後の数日間は大変でしたが、数か月振りに食べたお米が美味しかったことは今でも忘れられません。その時、『命の大切さ、生かされていることへの感謝を身に染みて感じ、改めて何があっても頑張る!』と心に決めたことを覚えています。
 補助人工心臓装着後は、一日一日元気になっていく自分に自分自身が驚き、毎日のリハビリが楽しくてたまりませんでした。機械と一緒の生活なので、家族にも勉強をしてもらい、トレーニング目的で外食に行ったりする中、少しずつ体力も回復し、術後約5ヵ月で退院し家に帰ることが出来ました。

 
突然の脳出血


 退院して約10カ月経った夏の日、いつもとは違う感覚を覚え直ぐに病院の先生に連絡しました。救急車で病院に着くころには、私の記憶はなく、そのままICUに運ばれたそうです。病名は脳出血、かなりの量の出血でとても危険な状態。今日・明日でどうなるかわからないとのことでした。
 私がはっきり記憶に残っているのが11月になってからです。目を開けるといつもそこには主治医の先生がいて『大丈夫?』と聞いて下さったり、主人がいて動かない足を懸命にマッサージしてくれ、呼吸器が入っていた為話せない私に、主人の手のひらに指文字を書かせて私の伝えたいことを受け取ろうとしてくれたことはおぼろげながらに覚えています。

 
ドナーの知らせ

 脳出血での治療も順調に進んでいたある日、主人と一緒に義父がお見舞いにきてくれました。夕方、主人達が帰り、夕食が終わった頃、看護師さんから『清水さん、ちょっといいですか?』と呼ばれ、いつもと違う雰囲気に胸のドキドキが止まりませんでした。『臓器のご提供があります。』その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れました。しかし、その時の思いはほとんど覚えておりません。
 手術の時間になり、今まで命を繋いでくれていた補助人工心臓と共に自分の足で手術室に向かいました。主人と母に『行ってきます』と笑顔で言えた自分が不思議でした。これまで辛いこともたくさんありましたが、いつも前向きでいられたのは、私を支えてくれた全ての方がいてくれたお陰で、だからこそ『元気になって恩返しがしたい。』ただそれだけを思いました。

 
移植後の辛さを乗り越えて

 約14時間の手術が無事終わり3回目のICU。先生方のお陰で20日後には一般病棟に移ることが出来ました。しかし、寝ている時間が長かったので自分で起き上がることはおろか、全てを看護師さんに介助して頂くほかなく、それに繋がれている管がとても痛く本当に辛かったのを覚えています。身体が辛いのと同時に気持ちまで上がっていかなかった。大切な命を頂けたのにも関わらず、辛いとか痛いとか食べられないとか、そんなことばかり言っている自分がとても嫌になり泣いてばかりいました。時間が経つにつれ少しずつ身体が楽になってきているのが分かってくると、改めて移植の重さを感じ、私は『1人で生きているのではなく、共に生かされているのだ。』と、とても嬉しい気持ちになってきました。
それからは泣くことはなく毎日笑顔と感謝の気持ちを忘れないで生活しようと決めました。体力が戻る為に一生懸命ご飯を食べ運動して一日も早く退院出来るよう、頑張りました。移植手術から2ヶ月、とうとう退院の日を迎えました。先生方をはじめ看護師さん達に囲まれたくさんの写真を撮り、『おめでとう』と何度言って頂いたことか。


 
人の役にたてることの喜び

 退院して1年が過ぎ、楽しい毎日を過ごさせて頂いております。体調と相談しながら入っていたお風呂も今はいつでも入れます。買い物に行きたければいつでも動けます。食べたいものが美味しく頂けます。健康な方にしてみたら普通のことですがこの普通のことが10数年振りに出来た喜びは計りしれません。
 私には今90歳になる祖母がいます。とても元気で台所仕事も洗濯も自分で出来ていました。私の入院時には、2時間かけてお見舞いにきてくれました。『おばあちゃん、いつもごめんね』と、いつも心配ばかりかけていました。そのおばあちゃんが昨年足の手術をすることになり、少し不自由になってしまいました。『今度は私がおばあちゃんのお世話が出来る!!』遊びに行ける時はおばあちゃんのお昼ご飯の支度をして一緒に食べ、ポータブルトイレの片づけをして、考えてみたら私が入院中看護師さん達にして頂いたことを今度は私がしてあげる側になったのです。『嬉しかった~。』しかし一番嬉しかったのはおばあちゃんから『ありがとう』と言ってもらえたことです。人の役にたてることってこんなに幸せで嬉しいことなんですね。ここまで頑張ることが何度もあったけれど、全てがこういう為の『頑張る』だったと、本当に頑張ってきて良かったと日々思います。
 改めてドナーの方、そのご家族と先生方、看護師さん、家族、友達全ての方に  ありがとう。

 

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