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小冊子 think transplant

いのちの贈り物
~あなたの意思で救える命~
think transplant Vol.23 

ICUで眠り続ける夫に家族が唯一してあげられたこと

 
突然の知らせ

 夫は、老人福祉施設に勤務する事務員で、忙しい日々を送っていました。家庭では、3人の子供達に恵まれましたが、長男は社会人、長女も大学2年生で二人とも家から離れ、高校1年生の次男と私達夫婦だけになっていました。休日は、子供達とは行けなかった美術館や博物館に夫婦二人で出かけたりもしました。そんな平穏な生活がある日、一変しました。職場から夫が倒れたという電話があったのです。私はすぐに駆けつけましたが、夫は自分で呼吸をすることができず、言葉を発することもなく意識不明でした。その日の朝、「行ってきます」「行ってらっしゃい」が私達夫婦の最後の会話でした。
 病院には社会人の長男、次男、夫の父や母も駆けつけました。残念ながら医師からは「容態は最悪の段階のくも膜下出血です。回復は難しいです。急変する可能性も十分あり得ます」と告げられ、私はあまりにも突然で、夢の中での出来事としか思えませんでした。フランス留学中の長女も丸一日余りで帰国できましたが、その翌日、夫の脳波の検査などが行われ、結果は脳死とされうる状態でした。
 主治医の先生は大変丁寧に私達家族に理解できるように夫の容態について話してくださいました。脳死についても、「脳死」と言えるのは法的脳死判定を受けての上であって、今は「脳死とされうる状態」と言います。というお話もしていただきました。

 
夫の想いと家族の決断

 その夜、私は子供達3人に「お父さんは臓器提供をしたい。と言っていたから先生に一度、相談したい」という提案をしました。実は不思議なことに、2週間前にも夫の方から臓器提供の話をしてきました。その時期は、法律の改正が行われ、家族承諾のみの臓器提供がニュースや新聞の話題になっていました。夫は「僕は脳死になったら臓器提供したいと思っているけど、どうかなあ」と訊きました。私はまたいつもの話が始まったと、「家族が良かったら良いと思うよ」などと適当に答えました。夫が倒れた時、夫の話が現実になってしまいましたが、私はあまりにも突然すぎて、夫が亡くなってしまうことを受け止めることはできませんでした。話せない夫の気持ちを想像し、私がしてあげられることがあるのではないかと考えることで精一杯でした。
 長男は、小学生の時、お父さんが臓器提供は良いことだと思うけどおまえはどう思う?と尋ねられたことを思い出し、「お父さんの言っていたようにしてあげたい」とすぐに答えました。長女は「ずいぶん前から何回もお父さんの臓器提供をしたいという意思は聞いているから私もそうしてあげたい」と想いを伝えてくれました。次男は夫と臓器提供について話していなかったそうですが、「お父さんがそう言っていたのだったらそうしてあげたい」と言ってくれました。 ICUのベッドで眠り続ける夫に私達家族が唯一してあげられることが臓器提供でした。

 
大切にできた最期の時間

 ところで主治医によると、夫が長男に臓器提供について話した当時は、日本で脳死下の臓器提供が始まった時期だそうです。夫は臓器移植について長年関心を持ち続けていたようです。
 私達の申し出に、主治医は臓器提供というのはあくまでも選択肢の一つなのでと、夫の容態と行われている治療、また提供しない選択肢についても繰り返し話してくださいました。このことが私達には大変良かったと思います。とにかく突然で混乱状態でした。でも、先生の言葉は今もしっかり整理されて頭に残っています。夫を含め私達家族は大変良い主治医に出会えたと感謝しています。
 また、看護師の方々も夫のベッドサイドで夫との笑い話を聞いてくださり、冗談が大好きで明るかった夫の限られた日々を夫らしく過ごしている気がしました。今でもその時のことを子供達と話し、懐かしく思い出します。
 夫との“最後の最期の別れ”は大変つらかったのですが、夫を尊敬し、誇らしい気持ちで送り出しました。今も、夫らしい行動であったと、私のさびしい気持ちを少しだけ慰めてくれています。最近になって、夫の臓器がどこかにいるという不思議な気持ちになる時もありますが、それよりも夫の最期に誇りを持てることに満足しています。
 私は臓器提供時に子供達にこう話しました。「お父さんはドナーになるけど、これは今のお父さんにできる最大のボランティアで、臓器はレシピエントへのプレゼントと考えたい。だからプレゼントをした臓器に執着したくない」夫がもし話せたらきっとこう言うはずであると考えたからでした。その考えは今も変わっていません。夫はどこかで生きているのではなく、私のそばに居ますから。

 
自分らしい最期のために…

 ところで、夫は家族に意思を伝えていたにもかかわらず、意思表示カードも健康保険証にも何も書かれていませんでしたので、家族承諾のみという形になりました。考えたくもない突然の出来事が起こる可能性は誰にでもあります。病気でなくても事故もあります。そんな時、家族は話すことのできない大切な人の想いを思い出したり、想像したりします。夫の場合も書面による意思表示もあった方がより良かったと思っています。
 最近の医学の進歩は目を見張るものがあり、さまざまな場面において、個人の考えで治療を選択する時代が来ています。臓器提供についても同じです。提供する・しないのも選択肢の1つです。自分らしい最期を迎えるために、また大切な人のために1人1人がそのことについて考え、家族内で話し合うことがとても大切だと私達家族は考えています。

 

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