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小冊子 think transplant

いのちの贈り物
~あなたの意思で救える命~
think transplant Vol.18 

あなたの遺志を継ぐのは、あなたが愛してくれた家族です

 
再会

父さん、お久しぶりです。去年、この合同慰霊祭で再会して以来、一年ぶりだね。
「また会える 誰かは分からないけど、きっとこの会場のどこか近くにいる。」
そう思い、今日のこの日を楽しみにしていました。
慰霊祭でのご挨拶のお話を頂いた時には、「父に話ができる」と喜びました。だから今日は、「ここにいるあなた」にどうか聞いてほしい。

 
そのとき、あなたが何を伝えたかったのか

あなたが突然倒れたのは、まだ少し肌寒い日のことでした。毎年、この頃になると思い出します。会社で会議中に倒れ、幸いにも近くの病院に搬送されました。
診断の結果は脳幹近くでの脳室内出血でした。結局、最後に母さんとだけ言葉を交わしたね。その言葉を最後に、意識を失いました。それからは、ずっとそのまま。
ICUで意識を取り戻したときは、本当はどれだけ嬉しかったか。喜ぶと、「諦めてた」ことの裏返しになると思って、家族の前ではそんなに顔には出さなかったけど。「オヤジも頑張ってるんだから、俺も頑張らなきゃ」って決して諦めなかったよ。受験よりも、部活よりも、就職活動よりも、たぶん我ながら、今まで一番頑張ってたと思うよ。しゃべれなかったけど、ある時、僕の握った手を握り返してくれたね。何か言いたくても声が出なくて、つらかったろうね。そのとき、あなたが何を伝えたかったのか、ずっと考えてるけど、まだ分かりません。デキの悪い息子ですまないけど、それが分かるのは、きっともっと先になるかもしれない。

 
ジレンマ

それから2週間ほどして、主治医の先生から臓器提供について聞かれたときには、正直戸惑いました。まだ、回復の可能性が絶たれたわけではないのに、でも、もしその時がきたときのために、様々な準備を行わなければならない。そのジレンマに悩まされました。あなたがもし望んでいたのなら、黄色いカードを探さねばならない。カードは母さんが探しました。クローゼットの中、ジャケットの中、かばんの中、財布の中、いろんなところを探したのだと思います。
「あなたの意思を尊重すること」と「諦めないこと」との間できっと母さんも苦しんでいたんだと思うよ。でも結局、父さんはカードを持っていなかったね。

 
あなたが家族に決断させた最期の時

それから一ヶ月、意識は戻ることはなく、脳死と診断されました。
ずっと泣かずに堪えていたのに、無理でした。余りにも早い。悔しくてしょうがなかった。どうにか助かって欲しかった。心停止までの数日間、お別れを言いに、多くの人が尋ねてくれました。多くの人に、あなたの人柄を聞くことが出来ました。これから、あなたから教わるはずだった、何年分もの指導をしてもらいました。いろんなエピソードを聞きました。普段家では見せない趣味、やっぱりいびきはうるさいこと、聞いたことのないカラオケの話、あなたという人間を知りました。部内のバレンタインやホワイトデーのチョコの代わりに寄付を募り、世界の恵まれない子どもへの寄付活動をしていたこと。あなたの大きさ、優しさ、そして、なによりも「人のため」に生きてきた人だったこと。
臓器提供を決めたのは、家族の決断ではありません。あなたが家族にそうさせたんです。あなたは最後まで「人のため」になろうとしてたんですね。法改正以降、世の中は変わりつつあります。悲しいけれど、誰かの死によって、助かる命がもっと助かるようになりました。あなたも望んでいた世界だと思います。

 
移植を受けた人への思い

あなたの腎臓は二人の男性の元へ行きました。
「父の分まで元気でいてほしい」「父の分まで生きてほしい」「父ができなかった事を一緒に経験してほしい」その思いは直接伝えることは出来ないけど、遺族の想いをくんで、この先、生きてほしい。父の死を無駄にしないで欲しい。そう望んでいました。その一方で、長く苦しんできたその二人は、臓器移植によって、ようやく透析から解放され、今まで出来なかったことが出来るようになる。家族と過ごせなかった時間が取り戻せる。旅行にだって行けるようになる。これからの人生に希望を見出し、やりたいことが山のようにある。もう十分苦しい思いはしてきているじゃないか。それでも、遺族の想いまでを背負って生きていかなければならないのか?もう自由になったっていいじゃないか。でも、父は死んで、その人は生きている。でも、父はその人に生かしてもらえている。その事に感謝したい、でも、その人も父に感謝してほしい。どんな言葉でも当てはまらない、きっと誰も説明の出来ない、もやもやと気持ちの悪い、エゴのようでもあり、誇らしげでもあり、苦しみなのか希望なのか、なんともいえない、答えのない感情が渦巻いていました。誰かの中で「生き続けられる」誰かに「一部だけでも生かしてもらえる」誰かを「生かしている」誰かの「役に立っている」そう思うことで、あなたの「死」を正面から受け止めることから逃げていたのかも知れません。

 
ようやく見つかった答え

今日ここでのご挨拶を考える中で、ようやくその答えが見つかりました。「あなたの分まで」生きるべきなのは、父の一部を受け継いだその二人ではありません。「あなたの分まで」生きるべきなのは、他の誰でもない、私達でした。あなたの遺志を継ぐのは、あなたが愛してくれた家族です。あなたは、確かに死んでしまっていて、もうこの世にはいないのです。でも、思い出の中のあなたは、あのときのままのあなたなのです。あなたの姿をいつまでも、その二人に重ね合わせていてはいけない。私達があの時のまま、時間が止まったように、思い出の中に立ち止まることは、きっとあなたも望んでいないでしょう。ことある毎に泣いていてはいけない。前を見て進まなくてはいけない。きっとあなたもそう言うでしょう。だからこそ、お別れしなければなりません。今日、こうして、お別れを言えることも、すべてあなたがこの出来損ない息子の為に、最後の最後まで導いてくれたことなんだと思う。

 
父へ

父さん、今日まで僕を育ててくれて、ありがとう。
父さん、家族を大事にしてくれて、ありがとう。
父さん、僕の父さんでいてくれて、ありがとう。
生前あなたに紹介した女性と結婚しました。今から一ヶ月前に、僕は父親になりました。男の子です。名前には、父さんの名前を一文字もらいました。出来ることなら、孫を抱かせてあげたかった。結婚式を見せてあげたかった。
ずっと忘れることはないけど、言わなくちゃいけないと思うから、言います。
父さん、さようなら。どうか安らかに。

 

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