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小冊子 think transplant

いのちの贈り物
~あなたの意思で救える命~
think transplant Vol.14 

命に寄り添って

 
最期の願い かなえる手伝い

臓器移植コーディネーターには、臓器を提供する人側のコーディネーターと移植を受ける人側のコーディネーターがいて、私は1998年から前者の仕事をしています。簡単にいうと、提供された臓器が適切な患者に移植されるよう調整(コーディネート)する仕事です。
 日本では97年に施行された臓器移植法に基づき、亡くなった人からの臓器提供が年間100件ほど実施されています。臓器を提供する人は「ドナー」と呼ばれます。私たちの重要な役割は、ドナーとなる人の家族に十分な説明をし、臓器提供する・しないという意思決定を支援すること、提供を決意されたなら臓器提供が円滑に行われ、移植につながるよう調整することです。
 臓器提供の話が出るような場面は、患者はいわゆる突然死、極めて重症で意識がなく救命できない状態、そして家族は突然の発症に混乱している状態です。そのような中で家族は「本人の意思をかなえてあげたい」「この世に生きた証しとして何かを残したい」「すべて灰になるのではなく、どこかで生き続けてほしい」「最期に人の役に立つことをさせてあげたい」「これまでたくさんの人にお世話になったお返しに」という理由から、究極のボランティアである臓器提供を考え始めます。
 もちろん一番の望みは助かってほしいこと、でもそれがかなわないならばせめて本人の意思を生かしてあげたい、または社会の役に立ってほしい、という理由から臓器提供を承諾されます。
 これまでたくさんのドナー家族にお会いしてきました。すべてが一期一会。どの家族もさまざまな思いを抱きながら、臓器提供を選択されました。最期の看取りの時間にドナーと家族のそばに添わせていただき、最期の願いをかなえるお手伝いをさせていただけることに、私は誇りを持っています。 

 
最期の「時間」と「思い」のうえに

遠く離れた土地で住む息子さんが突然の事故に遭い、両親が駆けつけました。 財布から意思表示カードが見つかり、「いつも自分のことより、人のことを考えていた優しい息子だから、ごく自然に書いたのだろう」と考えたそうです。ただ、最初は「カードを見なかったことにしようか」と思ったそうです。それでも最終的に、「それでは息子にうそをつくことになる」と臓器提供に同意されました。主治医から臨終を告げられ、皆が涙する中、お父さんは「ありがとう。自慢の息子だ!」と大きな声で言いました。
 最期のとき、その人がどう生きてきたかが自然に表れるような気がします。たくさんの家族や知人に囲まれての死、医療者だけが看取る中で命の灯が消えていく死など、さまざまです。最愛の妻の鼓動が止まったとき、ほおにキスして「また一緒になろうな」と話しかけた男性がいました。腎不全の知人を思い出し、臓器提供を決意したと話してくれました。
 最期の時間を迎え、臓器提供という大役を果たす方が手術室に移動するとき、本人の最期の意思の重さと、同意した家族の思いに、いつも襟を正す気持ちになります。手術室では臓器摘出を担当する医師も黙とうをします。ご遺体が戻ってくると、家族からは「よくがんばったね」と声がかけられます。移植医療は、このような最期の「時間」と「思い」の上に成り立っていることを、忘れてはいけないと思います。

 
臓器移植が救うもの

死後の臓器提供を承諾する理由は、人によってさまざまです。
 30代の息子さんを突然の事故で亡くした男性は、本人が臓器提供の意思を表示していたこともあって、臓器提供を決意しました。提供された二つの腎臓と二つの角膜は、移植した人の体で生き続け、それは、提供者(ドナー)の家族の人生にも大きな意味を与えています。
 愛する人を失うことは、だれにとっても究極、そして最大の悲嘆です。愛する人の存在や、その人との現世での関係性を、死は永遠に奪い去ります。このような喪失の中、臓器提供によって、故人の死を生かせたと思え、遺された人が心の安らぎや支えを得ることができることもあります。臓器移植によって救われるのは移植を受けた人ですが、ドナー家族を救うこともあるのです。
 前出の男性は、移植を受けた人が元気でいることから息子の死が無駄ではなかったと考え、自分の決断が正しかったことに確信を持ち、「他の人を助けることは自分が助けられること」と移植を受けた人に感謝をしています。臓器提供によって死別の悲嘆が軽減するわけではありませんが、この男性は心を強く持ち、柔軟に別の意味を見いだしたのです。
 究極の悲しみの中でなされる臓器提供という決断が、ドナー家族にとって、肯定的な意味付けを実感できるようにかかわることが、ドナー家族に接する医療者や移植コーディネーターに求められます。また、ドナー家族に対する社会の温かいまなざしが欠かせません。ドナー家族が臓器提供の決断について、後から苦しまないようにするにはどうしたらいいか。私たちは真摯に考えていくことが必要です。

 
ドナー家族とのかかわり

移植コーディネーターは、提供者(ドナー)家族の事情にもよりますが、おおむね1年ほど、長いときには数年にわたって、臓器提供後も家族とかかわり続けます。
 具体的には、▽移植を受けた人の様子を報告する▽移植を受けた人の書いたお礼の手紙を届ける▽臓器提供に対する厚生労働大臣の感謝状を届ける▽ドナー家族の集いや慰霊祭を案内する▽臓器提供や故人に対する家族の思いを傾聴する──ということをします。  移植コーディネーターは、臓器提供後1ヵ月~1ヵ月半たったころ、ドナー家族を訪れ、移植を受けた人の経過などを報告します。このとき遺影を拝見し、入院中の様子との違いに驚かされることもあります。そして、「いつのお写真ですか?」という質問をきっかけに、故人の生前の様子や人となりに話が広がります。
 この時期のドナー家族は、さまざまな事後処理で忙しい一方、職場に復帰するなど、以前の社会生活に戻りつつあります。故人がいなくなり、以前とは変化した生活や環境に、自分なりに適応していかなければなりません。大事な家族の喪失体験や死別悲嘆(グリーフ)にどう対処し、適応していくか、ということは遺された人たちにとって、とても重要です。

 
優しさで成り立つ医療

「大変なお仕事ですね」とよく言われます。いつ何時呼び出しがあるかもしれず、携帯電話を手放せない。臨終という深い悲しみの場面に立ち会う。臓器提供に対する賛否両論。確かに大変な仕事だと思いますし、めげそうになることもたくさんありますが、これまで続けてこられたのは、やはりドナーとその家族との一期一会や究極の優しさに触れたから。また、臓器移植を受けた人たちの「生きる」ということへの思いの強さや深い感謝の気持ちにも感動したからだと思います。私は、移植医療が究極の優しさや思いやりの上に成り立っていることを常に実感しています。

朝居 朋子
毎日新聞 命に寄り添って(2010年4月7日~10月31日)の連載から抜粋し、編集しています。


 

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